光を求めて。























         ゆらめき























      黒いレースがふわふわ舞う。
      それは涼しげとゆーよりは寂しげに見える。
      たぶん伸びた足が病的に白いから。
      覗く脚が病的に細いから。


      もう初夏といえる気温。
      春花はすっかり姿を消し、世界は夏を待っとる。
      

      青い芝生が光に反射する。
      誰かが定期的に水を巻いとるんかもしらん。
      鳥は囀り、青い空をはばたきわたる。
      小さな羽音は風を起こし、風は木々を鳴らす。
      揺れる木々は芝に明るい影を落とし、影は世界の明暗の境を朧にした。


      幸福が満ち溢れた世界の真ん中。
      その中を黒いレースがふわふわ舞う。


      「上手になった?」


      「まだまだやな」


      そう笑う俺も幸福な人間に見えるやろか。
      光の中の幸福、闇の外の疎外感。
      微笑むことぐらいやったら俺にも出来るらしい。


      事故で両目の視力を失った
      左の眼球は、ない。
      事故による生命の危険はなかった。


      「あれぇー?巧くいったと思ったのになぁ」


      「やっぱ・・・」


      やっぱ何回も見らんと覚えへんって。
      そう言いそうになって口籠もる。
      嫌味以外のなんでもあらへんから。


      「やっぱ?」


      「・・・やっぱには向いてへんって」


      「うるさいっ」


      運ばれた病院は中庭が広くて。
      リハビリっちゅー名目で、俺はをよぉ外に連れ出した。
      日の光に当たれば良くなるかもしらん。
      どーしよーもなく浅はかな思考回路。


      以前テレビで見て憧れたバレリーナ。
      最近はその真似ばかりをしよる。
      まるで子供がアニメごっこをするみたいに。


      テレビで見たっちゅー踊りを、が踊る。
      綺麗な指先が日に透ける。
      地を蹴る爪先は音を奏でしやかな身体は世界を魅せる。


      「もし叶うならね、本物のバレリーナ見てみたいな」


      「・・・」


      「綺麗なドレスに素敵なダンス」


      「・・・」


      「ねぇ薫?聞いてる?」


      「ん、あ、あぁ・・・」


      「もぉー・・・どこ向いてんの?」


      「すまんすまん」


      最低や。
      ほんま最低や、俺。


      聞こえとんのに聞こえんふり。
      俺がそっぽ向いてもには解れへんから。
      を見ながら見てへんふりをする。


      「薫・・・どこ?」


      が手を彷徨わせる。
      宙を掻く手は切なくて、綺麗。


      「此処おんで」


      伸ばされたの指に自分のそれを重ねる。
      安心したよーに握り返してくる手。


      「ちゃんと薫・・・だよね?」


      「・・・ん?」


      「ねぇ・・・キス、して?」


      両手で俺の頬に触れる
      眉、目蓋、睫毛、鼻、唇。
      確かめるように一つ一つなぞっていく。
      少しだけ温かい指が唇の輪郭を描く。


      の頬にかかった髪をかきあげる。
      どうしようもなく虚ろな目。
      眼球に激しい熱が走る。
      俺はそれに気付かへんふりをして、に口付けた。


      柔らかい唇。
      子猫がミルクを飲むみたいに俺の唇に舌をはわせる。
      唇の表面で唾液が混ざりあう。


      あったかい舌の感触。
      開いた唇の間に舌を入れ込むと、舌先を甘噛みされる。
      子猫がじゃれてくるような愛しさ。


      眩しい太陽の下。
      柔らかい芝の上に抱き合うように押し倒してキスをする。
      細い両手は相変わらず頬に添えられたまま。
      求めて、求められて。


      「・・・ちゃんと薫だ・・・」


      「何やそれ」


      唇がくっ付くくらいの距離。
      吐息が混ざり合う。


      「ちゃんとね、薫の形を覚えてるの」


      「俺の形?」


      「目とか鼻とか唇とか・・・薫の形」


      「解るん?」


      「目が見えなくてもね」


      そう笑ったはどこか悲しそうで。
      無理しとんのは見え見えやった。


      急に失った視力に戸惑いがないわけがない。
      ましてや左目の眼球は摘出された。
      闇が潜む空洞は、俺を見ぃひん。


      柔らかい風に黒いレースのスカートが揺れる。
      がおって俺がおる。
      唇を重ねて抱き合って。
      光が降り注ぐ極上の世界。


      なのに俺達はどうしようもなく不完全に思える。
      五感をフルに使っても認識しあえへん。
      認識する術を持たへんとさせる術を持たへん俺。
      一番大事なもんが欠落した不完全な存在。


      「今日は晴天なのかな?」


      「せやけど・・・なして?」


      「昨日よりいっぱい、お日様に当たってる気がする」


      「・・・」


      「周りには・・・何だろ?花がいっぱいあるよね?」


      「あぁ・・・」


      「何の花か解んないけど、良い匂いがする」


      「・・・?」


      「小鳥も飛んでるね」


      「・・・」


      「カラスじゃない・・・もっと静かな羽音がする」


      は起き上がって歌うように両手を広げた。
      風が動く。
      空気が鳴く。
      世界が、輝く。


      「私ね、平気よ?」


      「・・・」


      「見えなくたって平気」


      「・・・


      「見えなくたってちゃんと解るもん」


      「せやけど・・・」


      「感じてるもん」


      胸が締め付けられる。
      無理しとるわけじゃあらへん。
      諦めたわけでもあらへん。
      全てを受け入れたような、そんな笑顔。


      それを受け入れることが出来ひん俺。
      暗闇に、真っ暗闇に取り残される。
      の暗闇は光に満ち溢れとって。
      眩しくて目を塞いだ俺の周りには闇しかあらへん。
      何も見えてへんのは俺の方。


      どうしようもなくて芝を握り締める。
      地面に爪を食い込ませる。
      足掻いても足掻いても開けそうにない闇。
      光を見出だす方法は、一つ。


      「ただね・・・」


      「・・・ただ?」

  
      「薫の顔、見たいな・・・」


      「・・・」


      「どんな顔で話てるのか、私を見てるのか・・・知りたい」


      少しだけ、寂しそうな顔。
      明るい太陽に反射する。


      一番近くにおるのに、俺等の視線が混じり合うことはなくて。
      通じ合っとると思っとる心にさえ雲がかかる。
      


      「見えなくても平気だよ・・・?」


      「・・・」


      「薫以外のものなんて、見えなくても平気」


      「・・・


      「薫さえ見えればそれで良いのに・・・っ」


      「・・・」


      「薫・・・っ!」


      泣き崩れるをきつく抱きしめた。
      きつく、きつく。
      

      膝をついた闇に引きずり込まれる。
      たった独りで耐えるんは、どれだけ辛かったやろか。
      飲み込まれんように踏ん張って、独りで。
      どれだけ寂しくて、苦しいことやったやろか。


      「ねぇ、どんな顔してる・・・?」


      「・・・俺?」


      「何にも見えないよ・・・」


      あったかい風が吹き抜ける。
      風は木々を、の髪を、黒いレースを揺らす。
      

      黒い左の穴から涙が流れるのを見た。
      闇はどうしようもなく闇で、唯々暗くて。
      

      煌く世界が俺等を照らし出す。
      光の中の幸福、闇の外の疎外感。
      がおれば、それでえぇ。


      「最後に見たのが薫の顔だったら良かったのに・・・」


      の細い指が俺の頬を包み込む。
      何かを探すように弄る手。
      

      「一生覚えてられるのに・・・」


      俺はちゃんと此処におんで?
      どっこも行かへん。
      の横におるから。
       

      せやからもう、泣かんで?


      「薫だけ見てれば、後悔なんてしなかったのにね・・・」


      太陽の光が降り注ぐ。
      心地えぇ陽射しは世界を少しだけ優しくする。
      揺れる木々にも香る花にも飛ぶ小鳥にも、少しだけ優しくなれる。
      これ以上綺麗な世界なんかあらへんのやないやろか。


      極上の世界の片隅。
      にだけはバレへんように、静かに涙を流した。


      声を上げずに、肩を震わせずに。
      勘付かれることがあらへんように。
      の中の俺が涙を流すことがあらへんように。
     

      眩い光の中、闇に紛れて独り、涙を流した。


      を想って。


      光を求めて。






















      その日は、いつかのようにえらく晴れた日で。
      

      白い病室に黒いレースがふわふわ揺れる。
      相変わらず白くて細すぎる脚。
      

      「・・・・・・」


      俺の左目が空洞になったのは、あれから数週間後の話。
      

      白い眼帯の上からそっと指でなぞってみる。
      眼球があったはずの場所にはなにもない。
      柔らかいガーゼの感触だけが指先に残るだけ。


      太陽の下。
      交わる視線。


      「・・・薫・・・」


      の左目と俺の右目。
      ゆらめくこともなく、唯々、見つめ合う。
























      BE HAPPY・・・?

      ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

      目隠しをして学校を一たことがあります。
      恐いんです。とにかく本当に恐いんですよ。
      いや・・・それだけなんですけどね<ヤマもオチもイミもないな

      少しでもお気に召しましたら感想下さると嬉しいですv



      20050612   未邑拝







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