傍にいたい。
      唯、それだけなのに。

























      に笑いに泣く

























      「ー?」


      天気が悪い昼下がり。
      正月明けから気温は急降下、雪が降り続いてる。
      太陽はあんまり出ねぇし、小鳥の囀りだって聞えない。
      外は、この病室の壁と同じ色してる。

      
      返事を待たずに開けたドア。
      閉め切られた空間に病院独特の匂いが充満してる。
      消毒液と流動食の匂いが混ざったみたいな。
      こんな中にいちゃ治るもんも治らねぇよ。


      「敏弥・・・?」


      少しだけ顔を緩ませて俺の名前を呼ぶ。
      笑うとき目を細める癖が、俺は一番好き。
      

      「外すっげぇーよ。雪積るかも」


      「雪だるま作んなきゃだね」


      日に日に増えてく医療機材。
      そいつらに生気吸い取られてるみたいに痩せてくの身体。


      細い腕に刺さった針。
      そこに繋がる何本かのチューブ。
      身体に付けられたコードはの命をデジタル化する。
      オレンジ色に点滅する命ゲージ。
      

      「俺、バケツ持ってくるよ。何色がいい?」


      「んー・・・じゃーピンクで」


      「鼻は人参だろ?あとは・・・海苔?」


      「眉毛と目と口?」


      「うん。でもシナシナになるかも」


      「寒いから大丈夫じゃない?」


      「でも雪っつっても水分だぜ?」


      「じゃー木炭にする?」


      「せめて目は木の実とかにしよーよ」


      「赤いやつでしょ?ちょっと充血気味になっちゃうね」


      「海苔眉とかいつの時代だよって感じだしね」


      小さな雪だるまを想像する。
      外は寒いからにはいっぱい着込ませて。
      こないだ見つけた白い耳当てもつけさせて。
      去年してた白いマフラーもいっしょに付けたらきっと可愛い。


      木とか植え込みに積った白い雪をかき集めて。
      そんで手の平サイズの雪だるまを作る。
      二人で雪玉作って、おっきい方が身体になんの。
      両手は木の枝、眉と口は海苔、鼻は人参で目は赤い実。
      最後に俺が持ってきたピンクのバケツを被せる。


      きっとは可愛いって喜んでくれる。
      名前なんかつけちゃったりして。
      俺達の分身みたいに、きっと一緒に冬を越してくれる。


      「冷凍庫に入れてさ、春になったらみんなに自慢しよーよ」


      「自慢?」


      「うん。春になったら雪って珍しいじゃん」


      冬の間冷凍庫に入れといてさ。
      春になったらちょっとだけ出してあげんの。
      きっとみんな驚くよ。
      こんな時期に雪?ってね。


      ただ、なんとなく嬉しかったんだ。
      俺達の愛は消えないって証みたいに思えた。
      雪みたいに儚くないんだって。
      ただ、嬉しかったんだ。


      「私は・・・嫌、だな・・・」


      薄く積った雪を想像する。
      きっと車が通る道には積んないだろうけど。
      病院の広い芝生の上とか、綺麗に並んで咲いた花の上とか。
      

      俺達は少ない雪をかき集めて。
      少しでも多くって冷たい手で雪を集める。
      一緒に春を迎えるために。


      「そんなの・・ニセモノじゃん・・・」


      「・・・え?」


      一瞬何言われたのか理解出来なくて。
      自分の手の平を見つめる
      その手は酷く真っ白で、雪と同じ色に見えた。
      

      細い腕に刺さった透明の管とそれを流れる透明の液体。
      もしかしたらコレって毒なんじゃねぇ?
      こんだけ毎日毎日毎日毎日打ってんのに、全然元気になんねぇじゃん。
      

      「ねぇ、敏弥・・・冷凍庫の中で生きて、雪だるまは嬉しいのかな?」


      「・・・」


      「それってホントに生きてるって言えるのかな?」


      「・・・


      「生きてるの?死んでるの?ねぇ・・・」


      抑揚のない声。
      その中に秘められた恐いくらい静かな激情。
      それが痛くて、痛くて。


      「冷凍庫に入れてまで生きててほしいって思われてんだぜ?」


      見えてるようで見えてない気持ち。
      一番近くにいるようで違う世界にいる感じ。
      ソッチ側に行くには、どうしたらいい?


      「嬉しいに決まってんじゃん」


      の頭をポンポンと軽く叩く。
      解ってるフリをしての欲しい言葉を探る。
      それ自体が間違いだって、気付かないフリくらい出来るから。


      いや、違う。
      多分、それはが欲しててほしいと思う俺の答え。
      冷蔵庫に入れられたゆきだるまは喜んでる。
      そう思いたい、思い込みたい、もし違ってても。
      だって残された俺達は、雪だるまが溶けてくのを見なきゃなんない。
      それがどれだけ虚しいことか、俺には想像も出来ない。
     

      未熟な空想。
      ときに押しつぶされそうなくらい肥大するそれ。
      思考停止は限りなく無意味。
      飲み込まれていくのは想像力豊かな心。


      「・・・どうしてそんなことが解るの?」


      「・・・え?」


      「冷蔵庫の中でたった一人で過ごす気持ち、敏弥に解るの?」


      「・・・?」


      「一人で閉じ込められるのがどれだけ恐いか、敏弥には解るっ?!」


      急に荒げられた声。
      それに反応したのは俺だけじゃなかった。


      「昼間どれだけ会いに来てくれてる人がいても夜には一人になって・・・!」


      「ちょ・・・・・」


      「楽しかった分だけ一人の時間が恐くて・・・っ!」


      「落ち着けって・・・っ」


      の身体から伸びたコードに繋がる機械。
      の感情の昂ぶりを映し出すかのように反応し出す。
      オレンジ色の光の線は不安定に揺れ動く。
      緑色に点滅する数字が数を増していく。
      

      「あとどれだけ生きれるのかなって、いつになったら出れるのかなって・・・っ」


      「・・ちょ、落ち着けって・・・」


      「みんなが帰るとき『また明日』なんて絶対言えなかった・・・っ」


      「っ」


      「この気持ち、敏弥にわかる?!」


      ベッドから起き上がって俺の服を掴む。
      細い両手に繋がったコードが外れる。
      手の甲に刺さってた針が抜ける。
      その手を上から包み込むと、酷く冷たかった。


      信じたくない。
      それでも無理矢理気付かされる、突きつけられる、事実。
      

      あとどれくらい一緒にいれるのかな。
      そう考えてる自分が存在する事実。
      離れたくない、でも別れはくる事実。


      「も、やだ・・ょ・・・っはぁっ・・・」


      「っ!どした?!苦しい?!」


      の腕から抜けたチューブから透明な液体が流れ出てくる。
      の体内に入るはずのそれは床に水溜りをつくる。
      命が流れる音がする。


      オレンジ色の光がせわしなく上下に動く。
      緑色の光がウザイくらいに点滅する。
      どの機械から聞えてくるのか解んない甲高い音。
      それに交じっての息をする音が妙に耳に残った。


      「独り、は・・恐いの・・っ」


      「ちょ、喋んなって!」


      絞り出された叫びが機械音とシンクロする。
      触れられることを拒絶したような声。
      途惑ってしまう。


      の身体中に繋がった管が、チューブが憎かった。
      機械の一部にされたみたいで寒気がした。
      

      でもそれがないと生きれない事実。
      こんな状況になって、やっぱり頼ってしまう自分の無力さ。
      

      「ナースコール押すから落ち着い・・・」


      「押さないでッ!」


      「・・・・・・?」


      「おねが、い・・・もう少しだけだ・・から・・・っ」


      「でも・・・っ!」


      「敏弥・・・っは、ぁ・・・お願い・・・」


      どうしようもない。


      の目に涙が浮かぶ。
      透明なソレに俺が映る。
      混乱した頭で考えても俺に出来ることなんか全くなくて。
      でもの目は俺を求めてる。


      「も・・・、死にたい、の・・」




















      世界が、壊れる。





















      雪が降る。
      静かに、酷く静かに。


      綺麗過ぎて泣きたくなる、白。
      白に染まりすぎた世界で平常を保ってられる人ってどれだけいるんだろ。


      「ふざけんなよ・・・っ!」


      「もぅ・・・無理だよ・・・っ」


      「ッ!」


      君のいない世界。
      君が消えた世界。
      君を亡くした世界。
      真っ白すぎて気が狂いそう。


      「病気になんかに負けてんなよ!」


      「っ・・はッ・・・」


      「は絶対死なねぇ!」


      独りにすんなよ、俺を。
      独りは恐いって言ったくせに、俺を独りにすんの?
      

      そんなの絶対許さない。
      絶対、許さねぇよ。


      「絶対死なねぇよ・・・ッ!」


      ベッドの横の棚に立ててある赤色のマジック。
      俺はそれを引っ掴んだ。
      その拍子に棚に置いてあった林檎が床に転がり落ちる。


      甲高い音を立てる機械。
      頭が痛くなるほど点滅するランプ。
      泣きながら肩で息をする
      口から洩れる悲痛に満ちた声。  
      全部が痛い。


      小さく震えるの手を開かせる。
      嫌味なくらい短く枝分かれした生命線。      
      俺はその生命線を真っ赤なマジックで強くなぞった。


      「俺が死なせねぇ・・・!」
      

      手首のあたりまで何度も何度もなぞった。
      元の線が見えなくなるまで何度も何度も何度も何度も。


      絶対に死なない。
      絶対に死なせない。


      「と・・しやぁ・・・っ」


      本当は、無理だって思ってる。
      心のどっかで無理だって思ってる。


      きっとはもう長くは生きれない。
      衰弱してく一方の身体。
      機械に繋がれてないと正常に息すら出来ない。


      きっとは俺をおいていなくなる。
      余韻と思い出いっぱい残したまんまいなくなる。
      消えてくその瞬間まで俺のことを想って。
      そうやって俺の中に痛みを残していなくなる。


      この嫌味なくらい短くて枝分かれした生命線通りに。
      

      「死ぬの・・・すご・・恐い、よ・・・っ」


      「死なねぇって!絶対大丈夫だから!」


      「敏弥ぁ・・死にた・・っな、ぃよ・・・」


      「大丈夫だから・・・っ」


      弱々しい身体をきつく抱きしめる。
      薄っぺらでガリガリで、この身体のどこに命が入ってんの?
      こんな身体で生きていけるわけがない。
      力を込めたらすぐに砕けて溶けていきそう。


      「とし・・・や、ぁ・・・」


      「俺が絶対助けてやるから・・・!」


      抱きしめたの身体の後ろでナースコールを押す。
      看護士の声がに聞こえないように。
      溢れる涙をに気付かせないように。


      「雪だるま作るって約束しただろ?!」


      「っぁ・・・ぅ、ん・・」


      「絶対死なせねぇ・・・俺が助けるから・・!」


      絶対助からない。
      俺に出来ることなんか、嘘を吐くことくらいで。
      きっと助かる、絶対死なない。
      自分に言い聞かせる為の嘘。


      きっと助からない。
      冷静な頭に浮かぶ絶望に押しつぶされそうになる。
      助けて欲しいのは俺の方。
      

      こんなときでも雪は唯々静かに降り続ける。
      守れもしない俺達の約束の為に、白く、白く。
      

      約束が足枷になってくれれば良いのに。
      をこの世に残すための足枷になってくれれば良いのに。
      だけどそれは俺の中に残る絶望の糧になるだけで。
      こんなに雪が憎いと思ったことはない。


      「と・・し、や・・・・」









      駆けつけた看護士と医者。
      抱きしめた腕は解かれて、急に寒くなる。


      バタバタ駆け回る看護士と医者。
      そのまま集中治療室に運ばれていく
      

      床に落ちた林檎は誰かによって踏まれてた。
      噎せ返る甘い香りと雪色の白衣。
      そこに残る歪んだ赤色が酷く綺麗に見えた。


      「敏弥・・・ぁり・・がと・・・・」


      差し伸べられた左手。
      俺の引いた生命線は涙で赤く滲んでた。


      悪化していく天気は積雪に拍車をかける。
      もしかしたら明日の朝には積ってるかもしれない。
      俺は、誰と明日の雪を見てんのかな。


      嘘は吐かない。
      付き合う中でしっかり決めた約束の中の一つ。
      一個疑うと全部を疑いたくなっちゃうから、って。
      敏弥のことは信じていたいから、って。
      そうが笑って差し出した小指。
      俺は軽くキスをして小指を繋いだんだ。


      無力な自分を認めたくなくて。
      独りになる悲しみに耐えられそうになくて。
      約束を破った俺を、は許してくれる?


      ありがとうって。
      はそう笑った。
      弱々しく差し出された手を、俺は握れなかった。
      離したときの寒さを、知りたくなかったんだ。


      ランプが点いたICUの前の椅子に座って。
      何に対してか解らない涙を流した。
      何かを叫びたいけど叫ぶ言葉が思い浮かばない。
      一度嘘を覚えた唇は、真実なんか語っちゃいけない気がした。


      「・・・・・・」


      傍にいたい。
      唯、それだけなのに。
      どれだけ嘘を吐いても叶わない。
      最初から、全部が嘘だったら良いのに。


      油性じゃない水性マジック。
      赤く滲んだ生命線が、頭を過った。
      























      BE HAPPY・・・?


      ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

      嘘吐きは泥棒の始まりらしいですよ。
      高校の美術棟の廊下にそんな感じのポスターが貼ってありました。
      にしても、水性マジックってとこが私の捻くれたトコですねぇ・・・。



      20050117  未邑拝
      
      
     

      

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