深く、深く、深い白。
その静寂の白で、全てを隠して欲しい。
春になったらまた、綺麗に咲けるように。
深
雪
葬
「が危篤!!」と電話を貰ったのは七日前。
確か、珍しく東京でも雪がちらついていた。
俺がその電話に出たのはレコーディングの最中。
持ち直したと電話を貰ったのはその四日後。
そして仙台に帰って来たのは、その三日後。
つまり、今日。
そう、七日間も何してたんだって話。
理由ならない事もない。
レコーディング抜けられねぇとか、ツアーの話し合いだとか。
でもどれも、恋人の危篤に足りる理由じゃなくて。
もれも汚ぇ言い訳にしか聞こえねぇし。
久しぶりに帰った仙台は、相変わらず冬一色で。
深い雪を見ると、を独りにしたことを後悔した。
独りで見るには、雪は恐すぎると思う。
の病室は無駄に広い。
前来た時いた病室の方が、病院っぽくなくて良かった。
今のは、独りでいるには広すぎ。
綺麗に塗られた白い壁で目が痛ぇ。
ベッドに寝たはさっきから微動だにしない。
それどころか、一言も話さない。
恐いくらい整った顔は怒りとも喜びとも言えない表情。
茶色の大きな目は、窓の外。
「ね、新弥・・・外、出たい」
「・・・彼氏に対する第一声がソレかよ・・・」
「お願い・・・新弥にしか頼めないの」
「でもさ、身体冷やしちゃマズくね?」
「・・・お願い・・・・」
そんな顔で頼むのって犯罪じゃねぇ?
俺がの頼みを断れた試しがない。
いつだってそうだった。
だけど今回はいつもと様子が違う。
の考えが、想いが、何も見えない。
「俺のコート貸すから、厚着してけよ?」
ありがとうと微笑んだは、やっぱりどっか変で。
だけど綺麗過ぎて、何も考えられなかった。
深夜、俺達はこっそりと病室を抜け出した。
窓から外に出るのは、なかなか至難の技だった。
の行きたい場所はすぐに解った。
俺達が出逢った地元の中学校の裏。
すぐそこが崖になってるから、普段は立ち入り禁止。
一人じゃ歩く事もままならないを抱きかかえて、学校までの道を急ぐ。
の身体が異常に震えているのが解る。
寒いのかと訊いても返事はない。
唯、はやく、とうわ言の様に繰り返すだけ。
俺は、を抱く腕に少し、力を込めた。
深く積もった雪に足元を奪われる。
やっぱ東京の雪とは比べもんになんねぇ。
東京のそれより十倍綺麗だけど、百倍恐いってかんじ。
・・・よくわかんねぇけど。
壊れたフェンスの穴を通って、まだ足跡の付けられてない校庭を歩く。
気付けばまた、雪が降り始めてた。
の頭に積もった雪を手で払いながら、立ち入り禁止のロープを跨ぐ。
ガキの頃から思ってたけど、このロープって意味ねぇよな。
俺もも余裕で通ってたしな、昔っから。
開けた視界に映るのは、白、白、白。
何もかもが真っ白に塗り込められた世界。
崖から見る、恐いくらい綺麗な銀世界。
午前三時の暗闇が、雪に反射する。
「新弥、ありがと。降ろして?」
「あ、ああ。寒くねぇ?」
をそっと降ろすと、はその場にドサっと座り込んだ。
立たせようとしても首を振るばっか。
新弥も座りなよ、と柔らかく笑った。
「冷たッ!これ、普通に染み込んでこねぇ?!」
「そのうち凍っちゃうかもねー」
「笑い事じゃねぇし!責任もって暖めろ!!」
そう言ってを抱き寄せると、は笑いながら俺の足に顔を沈めた。
膝枕してもらうのって俺の方じゃねぇ?と頭をくしゃくしゃに撫でると、
は、早いもの勝ちでしょ?とまた笑った。
俺の知ってる「」だと思った。
俺の好きな「」だと思った。
ごめんな・・・。
酷く静かな時間が流れる。
雪の降る音だけが響き渡る。
言葉は白く染まっては、闇に還る。
時々、が息をしているのか心配になって、何度もキスをした。
氷の様に冷たい頬は、雪みたいに真っ白で。
着込んでいるにも関わらず、異常に細い手足。
立ち上がりたくないんじゃない、立ち上がれねぇんだ。
雪の声が、痛い。
「ねぇ新弥・・・お願い、あるの・・・」
「お得意の『新弥にしか頼めないの』ってやつ?」
「・・・新弥じゃなきゃ嫌なの・・・」
そう笑い飛ばした俺に、は静かにこう答えた。
月のない闇夜は、輪郭に影を落とす。
「私を・・・殺して・・・・・」
突風に煽られて新雪が舞う。
言葉を遮るような風。
なのにの言葉はそれらを突き刺すかの様に鋭く澄んでいて。
吐き出された言葉はさっきとかわらず白く染まる。
けれど闇に還ることはなく、俺の脳に突き刺さってくる。
「な・・何言って・・・・」
うまく言葉が出てこない。
動揺・・・してんのか?これって。
こんな感覚知らねぇからわかんねぇよ。
いや、それは多分嘘。
心のどこかでいつか、と思っていたことなのかもしれない。
だけど・・・・
「知ってるでしょ?私、もう死んじゃうんだよ」
「そんな事ねぇって!絶対治・・・」
「絶対治るって?そんな保証がどこにあるの?!ねぇ?!」
俺の足に縋りつきながら、悲痛な叫び声をあげる。
は、俺の知らねぇトコで、どんだけ苦しんでたんだろう。
独りで、たった独りきりで。
足に温かく広がっては凍っていく、の叫び。
俺は抱きしめてやることすらできなくて。
「こんな私、新弥だっていらないでしょ・・?」
「・・・・・・・・・?」
「解ってる・・。こんなの、新弥が好きになった私じゃないもん」
「そんなこと・・・・ッ!」
風に吹かれて雪が、鳴く。
それまはるで人間の泣き声。
痛くて、痛くて、耳を塞ぎたくなる。
“そんなことねぇよ”って言いたいんじゃない。
それすら、言ってやれてねぇんだけど。
本当は“愛してる”って言ってやるべきなんだろうけど。
こんな義務っぽい言葉、には通用しねぇと思うから。
「もう嫌だよ。痛いのも・・・苦しいのも・・・もう十分・・」
「、ごめん・・・俺・・・・」
「謝ってほしいんじゃない!同情してほしいんじゃないんだよ・・・・」
「・・・・・・・・」
俺は無力だ。
抱きしめる事も、慰める事も、ましてや励ます事なんて出来る筈ねぇ。
の苦しみの百億万分の一も解ってやれねぇ。
ごめん、ごめんな。
危篤の電話もらったとき、ほんとは直にでも帰れた。
でも帰れなかった。
帰りたくなかった。
俺の好きなは、バカ明るくて元気で、病気だなんて信じらんねぇくらいで。
だから・・・弱ってくは見たくなかった。
そんなは見てらんなかった。
俺の前から消えていくの許せるほど、俺、人間出来てねぇよ。
なぁ、。
こんな俺に、お前を殺してやる資格なんてあんのかな?
お前を自由にしてやる資格がある?
俺さ、お前が思ってるみたいに綺麗な奴じゃねぇよ。
弱くて、卑怯で、今だって手、震えてるし。
それでも・・・・
「ベッドの上なんかで死にたくないの。・・お願い・・・・」
「・・・コレ・・・・で・・・・?」
「私さ、雪、大好きなの。だからすっとこうしたかった」
「・・・・愛してる・・から・・・」
「・・うん・・・。最期、新弥と一緒で良かったなぁ・・・」
頬を流れる涙が凍るより先に溢れてくる涙。
どうしてちゃんと愛せなかったんだろう。
どうしてこんな深いトコに独りきりにさせたんだろ。
どうしてこんなコトになったんだろ。
どうして・・・・
に深く突き立てたナイフはを自由にした?
こんな小さいナイフでも貫通しそうなくらい細い身体。
俺は何度も何度も抉るようにナイフを突き立てた。
の身体を蝕んてるモノを全部引っ剥がしてやりたかった。
肺に穴を開けて、冷たい空気で満たして。
ズルズルと無駄に長いだけでの役に立たない腸は細切れ。
真っ赤に染まって何か解らない臓器。
今までを苦しめてくれてありがとう。
皮肉も通じない臓器は血と一緒に流れるまでグチャグチャに。
剥き出しになった心臓はピクピクと活動を止めない。
なぁ、はもういらないってさ、こんな心臓。
今までどうもオツカレサンマデシタ。
ありったけの力で握りつぶしたのは、との想い出達。
溢れてくる朱は真っ白な雪に黒く染み込んだ。
コート汚してごめんね、と微笑んだ姿は、間違いなく俺の知ってるで。
深く絡めた口付けは、俺の知らない味がした。
気付けばいつの間にか雪は止んでた。
でもこの場所を覆う重い雲は晴れる事もなくて。
東の空がだんだん重明るくなっていくのを、を抱きかかえながら見つめた。
もうすぐ、夜が明ける。
は病院には返さねぇ。
此処。この雪が深いこの場所に。
俺は少しだけ掘った雪の棺の中に、をそっと寝かせた。
が望んでた場所に、還してやりたかった。
手で雪を集めては、冷たいの身体に被せる。
ほら、コレって雪のベールみたいじゃねぇ?
雪を被せては、キス一つ。
寒くないように、恐くないように、寂しくないように。
雪を被せては、また、キス一つ。
俺を忘れないように。
雪が溶けて春が来る頃に、はどーなってんだろ。
ちゃんと、雪と一緒に溶けて、水に還れたら良いな。
もう、苦しくないように、辛くないように、痛くないように。
なぁ、。
俺さ、ちゃんとお前を自由にしてやれた?
無力な俺がお前を救ってやれたかもって、期待していい?
俺さ、いっつも瑠樺さんにポーカーフェイスが下手だって言われんだ。
大人なら顔に出すな、って笑われてさ。
なぁ、俺、ちゃんと笑えてた?喜べてた?
何でかさ、今、涙がとまんねぇの。
俺、お前と違ってバカだから、何でかわかんねぇもん。
お前こういうの得意だろ?
なぁ、教えてくんねぇ?
深く、深く、深い白。
その静寂の白で、全てを隠して欲しい。
春になったらまた、綺麗に咲けるように。
また、逢えるように。
BE HAPPY・・・?
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コレ・・・最後まで読めた貴方は天才です。
もー自分でも意味が解りましぇん(/∀\〃)
今年はすっごく雪が降ったので、記念に書いてみました!
少しでも雪の真っ白さが出せてたら・・・なぁ・・・(;´Д⊂)
20040126 未邑拝
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