腕を精一杯伸ばして指の先を絡ませてみる。
      なんとなく、いつもより大きい気がした。

























      レシャス
























      なくなっていくものの数を数えてみる。
      10まで数えて指が足りへんことに気付く。
      足の指を見つめて、よー曲げられへんことに気付く。
      結果、考えるのを止めた。


      もう12月なんにさほど寒くならへん東京。
      それでも暖房入れれば窓はちゃんと曇るわけで。
      やっぱり冬なんかもしらんとか思ってみたり。
      何をどうしよーと冬って事実に変わりあらへんのやけど。


      もし12月が夏やったら、もう少し楽しかったかもしらん。
      ただ単に、夏のほうが遊べそうなイメージやったから。
      なんとなく、冬は苦しい気がする。
      熱燗が美味くて幸せっちゃー幸せなんやけどな。



      「だぁーい?」


      「・・・え?」


      「え?じゃないっしょ。目がイってた」


      「・・・失礼な奴ちゃな・・・」


      暖房で顔が熱い。
      頭寒足熱なんかあったもんやない。


      「考えごと?」


      「悩める好青年やからなー・・・」


      「好青年の意味を考え直した方がいいんじゃない?」


      「青春十八切符の名称改正の方が先やと思うけどな」


      「屁理屈も上手よね」


      鍋の中に入れた熱燗がコトっと音を立てた。
      暖房を入れた部屋でと二人。
      穏かな、酷く穏かな時間。


      満足感とか充実感とか、そんなんがないわけとちゃうねん。
      それなりに仕事も忙しいし。
      仕事で疲れてもの顔見たら元気になったり。
      それなりに人間らしい生活しとると思う。


      それでも何となく、唯なんとなく。
      なんとなく何かが足りひん。
      でもそれが何なんか確証がもてるわけでもあらへんくて。
      大体、本当に何かが足りひんのかも解らんし。
      

      「ねぇ・・・どうしたの?」


      「別に・・・どーもしてへんのやけど・・・」


      「やけど?」


      「んー・・・何やろーなぁ・・・?」


      「堕威に解んないなら私にも解んないし」


      「冷たい女やなぁ。一緒に考えてくれたってえぇやんか」


      「人に頼ってばっかじゃ駄目な大人になりますよー?」


      「駄目な大人ん中でも代表格になれば問題ないやろ」


      「さらに問題だと思うけど・・・?」


      は少し笑って、鍋の中の豆腐を突付いた。
      掴まれた豆腐はクシャっと形を崩して鍋の中に戻る。
      は残念なんか名残惜しいんか悔しいんか。
      崩れた豆腐を何度も箸で突付いた。


      多分、俺、あんな感じなんやないやろか。
      誰にも突付かれんかったら形を崩すこともなかった白い塊。
      じっとしとるだけなら誰にも迷惑はかけへんし。
      白やからちゃんと周りの色に馴染めるし。
      やけど突付いてみれば中はやっぱり白いまんまやねん。
       

      崩れていく瞬間。
      その瞬間にだけ見える、中、俺の中の真実。
      誰かは・・・は、拾い上げてくれるやろうか。


      「なぁ・・・無くすもんと手にいれるもんってな、どっちが多いと思う?」


      何かを無くすっちゅーこと。
      俺の中でソレに関する感情がストップするとゆうことで。
      俺の中でソレは跡切れた記憶になる。
      何かを得るっちゅーこと。
      俺の中でソレに関する感情がスタートするとゆうことで。
      俺の中でソレが始まりの記憶になる。


      だけどほんまはそんな単純な問題とちゃうねんて。
      言葉で表せるくらいなら納得しとるはずやん。
      厄介なんは、未練っちゅーねちっこい感情。


      「見っけたもんもぎょうさんあんねやんか。せやけどよー覚えてへんねん」


      「どーして?」


      「無くしたもんの方が大きいねんて。他んこと考えられへんくなる」


      「どういう風に?」


      「後悔・・・しとるんかもしらん」


      「何かを無くしたことに?」


      「・・・多分」


      例えば俺がもっと強かったら。
      失うもんなんかあらへんかったんかもしらん。
      この腕がもっともっと大きかったら。
      傷つけることさえなかったかもしらんやん。

  
      無くす前に気付けたこともあったんかもしらん。
      でも多分俺、気付いても何も出来へんかった。
      どうやったらずっと持っとけるんやろか。


      大切なもんってな、自分の傍においときたいねん。
      いっつも目の届くとこにおいとかんと安心出来へん。
      

      せやけどな、近くにあればあるほど、無くなってく感覚がリアル。
      手が、目が届かなくなってくんが嫌ってほど解る。
      身体をすり抜けていく、イメージ。


      無くすもんと手に入れるもんって、どっちが多いんかな?


      「そんなんさ、同じに決まってんじゃん」


      は俺の顔を見ずに、そう答えた。
      相変わらず鍋の中をフラフラ漂う白い塊。
      箸で突付かれて浮き沈みを繰りかえす。


      「なして?」


      無くすもんと手に入れるもんがおんなしなら。
      俺の腕に残るもんって何なんやろか?
      

      でも俺はそうは思えへんねん。
      どんだけ持っとってもな、やっぱ無くなってくもんはある。
      

      俺の手の中にあるもんってな、全部大事なもんやねん。
      1個だって無くしたくないん。
      せやけど確実に零れ落ちてくもんはあんねやんか。
      俺は落とさんように必死に腕に力込める。
      きつく抱きしめるほど、俺の腕の中は狭く、狭くなってって。
      他んとこからまた1個、また1個、零れ落ちてくねん。
      それを全部拾い上げるには両手を伸ばさんとあかんくて。
      でもそーしたら腕の中のもん全部落としてまうやんか。
      それが解っとるから出来へん。
      零れ落ちてくもんを見つめることしか出来ひんねん。


      「だってさ、無くしてくモノを手に入れてるじゃん」


      「・・・意味解らん」


      「例えばさ、私が今、死ぬとするじゃん?」


      「・・・サラっと縁起でもないことゆーなや」


      「例えばの話だって」


      は無意味に箸を動かしながら俺を見た。
      結構コイツの例えには驚かされる。
      なんちゅーか・・・例えが極端すぎんねん。
      ま、例えばの話やから関係あらへんのかもしらんけど。


      「あ、堕威はさ、私が死んだら悲しい?」


      「・・・せやから縁起でも・・・」


      「例えばの話だって。適応能力低いなぁ」


      「うっさいわ」


      「で、悲しい?悲しんでくれる?」


      「・・・悲しいっちゅーか・・・絶望するんとちゃう?」


      「ほら、同じでしょ?」


      「はぁ?」


      「だからね、私を無くした代わりに絶望ってものを手に入れたじゃん」


      「・・・」


      「世の中にはね、『無』ってモノはないと思うよ」


      例えば、無くしたもんが大切なもんなら。
      それを無くした代償に悲しいとか悔しいとかそんな感情を手に入れる。
      そーゆーことやろか。


      「同じ物を一生持ってられる人なんてね、きっといないんじゃない?」


      「大切なもんでも?」


      「堕威の大切なものってさ、永久不変なものなの?」


      大切なもの・・・大切なもの。
      箸を持ったまんま微笑むを見たら、自分がアホらしく思えてきた。
      何やよー解らんけど・・・解らんけど。


      「無くすものが・・・捨てるものが、全部必要なものとは限らないでしょ?」


      「・・・そーかもしらん」


      「例えば堕威が変わっていくのに邪魔なものって、きっとあると思う」


      「・・・うん」


      「逆に、堕威がそれに固執してそれ自体を駄目にしちゃうことだってあると思う」


      「・・・うん」


      「その時は解らなくても、手放して良かったって思えるものだってあると思うよ」


      「・・・うん」


      「全部が全部、そうじゃないんだろうけどね」


      「・・・うん」


      無くしたもの、捨てたもの。
      全部俺のものにしたいとか、俺のわがままなんやろか。
      

      「なんや、俺・・・弱っちいな・・・」


      「強いよ。堕威は強い」


      「せやけど・・・」


      「強いから、弱いんだろうね」


      「・・・どっちやねん」


      「強いから、全部を護ろうとしちゃうんでしょ?」


      「・・・弱いから護れへんのやろ?」


      「違うよ。強いから、護らなくて良いものまで抱え込んじゃうんだよ」


      「・・・そーやろか・・・?」


      「そーだよ。堕威の腕は大きすぎるね」


      「・・・あかんことなんか?」


      「大切なものだけを護るには、大きすぎるってこと」


      「なんや・・・難しいなぁ」


      「ほんと、難しいね」


      そう言って笑った
      器用に掴んだ崩れた豆腐の割れ目は、ほのかに色付いとった。
      それを口にしたは、美味しいってまた笑った。


      いっちゃん大切なもの。
      どんだけ考えても完璧に決めることは出来ひん。
      大切なもんがこんだけ出てくるって、幸せなことなんよな。


      やっぱどう見ても俺の腕は頼りなくて。
      どう考えてもぎょうさんのもんを護ることなんか出来ひんと思う。
      そら男として、人間として悔しいし歯痒い気もすんねんけど。
      なんとなく、それでもえぇかもと思た。


      心が広かろうが狭かろうが、物理的に存在するのはこの腕。
      せめて、目の前の愛しい人だけは。
      豆腐に一喜一憂する可愛い人だけは、護ってやりたいと思う。
      

      「なぁ、・・・」


      「んー・・・?」


      「・・・おおきに」


      「・・・ん」


      「・・・そっち行ってもえぇ?」


      「・・・ん」


      「・・・ちょっとだけ、ギューっとしてもえぇ?」


      「・・・ん」


      後ろから抱きしめたの身体は、俺の腕には小さすぎる。
      この腕にもっと力を込めればきつく抱きしめられる。
      せやけど、背中にちょっとだけの余裕。
      

      の身体だけを護るには、確かに大きすぎるこの腕。
      ちょっとだけ空いたこの隙間に、いつかの全部を詰め込みたい。
      過去とか今とか未来とか、そんな感じ。
      その為に、もちょっとだけ大きかったらなって思う。
      

      「ねぇ・・・ずっとこのまんまでいてくれる?」


      「このまんまって?」


      「堕威の腕の中に入れといてくれる?」


      「・・・当たり前やん」


      「もしいつか、堕威にとって必要不可欠で大切なものを、堕威が落とすとするじゃん?」

       
      「・・・また不吉なことゆーてくれるやん」


      「もし、ってゆってるじゃん!」


      「はいはい。で?」


      「その時はね、私が拾いにいったげるよ」


      「が?」


      「私が拾いに行けば、堕威は両手を広げて他のもの落とすこともないじゃん」


      後ろから抱きしめる俺の手を、がそっと撫でる。
      綺麗に整った爪、細い指が俺の大切なものを拾い上げる、瞬間。
      想像して笑みが零れる。


      「おおきに」


      やっぱ自分の腕の小ささに嫌気がさす。
      もっともっともっともっと。
      せめてが両手を広げて全てを落としても、俺が受け止めてやれるくらい。
      広げた腕が俺の為にあるんなら、俺の腕がの為にあってもおかしゅーないやん。
      護ってやりたい。


      腕を精一杯伸ばして指の先を絡ませてみる。
      なんとなく、いつもより大きい気がした。
       

      あ、今。
      

      今、俺の腕の中から零れ落ちたもの。
      湿気で根腐れ寸前やったマイナス的思考回路。
      それと同時に手に入れたもの。
      潰れそうなくらい愛しいって感情。
      それとどうしようもなくキスしたい衝動。


      なんや。
      無くしたもんと手に入れたもんの数。
      手に入れたもんの数の方が多いやんか。
      結構簡単な方程式。


      「なぁ、キスしてえぇ?」


      「・・・ばーか」


      手に入れたもの。
      の唇の温かさ。
      の柔らかい髪が頬にあたる心地良さ。
      それから・・・


      



























      BE HAPPY・・・?


      ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

      やっぱりお祝い事・イベント事には常に遅れるのがレッテルパラドックスです・・・。
      祝ってるのか祝ってないのかよくわからないけど。
      ★☆堕威くん HAPPY BIRTHDAY☆★
      彼も遂に三十路ですね。男は三十からです。これからも素敵な彼のままでいて下さい!

      少しでもお気に召しましたら感想下さると嬉しいですv



      20041220      未邑拝
      
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