理由なんて、これで十分。






















      曇りのち夏祭り
























      「嫌やって。」


      と、冷たくあしらったのは彼女の
      もうな、はっきりゆーてしつこいねん。
      

      「ねぇー・・・花火大会ー・・・」


      今日は近所の花火大会らしい。
      それを知っただけでも憂鬱になる。


      うっさいし、煙たいし。
      人が溢れ返っとぉから簡単に外出られへんし。
      しかもウチの部屋の向きじゃ花火見えへんし。
      それに加え、は駄々こねるし。
      うっさいのは蝉と花火だけで十分やっちゅーの。


      「ねぇー・・・お願い?」


      「嫌や。」


      「どーして?!」


      「暑いしダルい。」


      ほんまにな、最近仕事できっついねん。
      新しい曲のこととか秋ツアーのこととか。
      帰ってくんのも遅けりゃ、寝る時間も少ない。
      心身共にってまさにこのことやん。


      実際、がウチに来んのも久しぶり。
      夕方からの休み自体が久々やからかもしらんけど。
      ちょっと可哀相かと思わんこともないけど・・・


      「ぅー・・・ケチ。」


      「誰がケチやねん。」


      「・・・」


      プイッと後ろを向く
      その後姿は、今年初めてみた浴衣姿。
      祭りに行きたくてわざわざ着てきたんやと思う。
      

      あげきれんかった髪がうなじを隠す。
      無意識に帯びた愁いに妙に誘われる。
      浴衣の上からでも解る細い肩。
      あからさまに気落ちした様子。


      もーな、毎日仕事でほんまきついねんて。
      明日は昼からやし、今日はゆっくり寝たい。
      百歩譲って、話し相手にやったらなってやってもえぇ。
      でも間違っても祭りなんか行かへんで。


      間違っても祭りなんか行かん。
      誰が好き好んであんな暑いとこに・・・
      なんで・・・


      「あー・・・行ったるから・・・」


      なんでこーなんねん。
      俺ってこんな意志の弱い人間とちゃうはずなんに。
      あー調子狂うわ。


      「ほんとっ?!」


      「・・・用意すっからちょぉ待っときぃ。」


      「はーい!」


      喜んだの顔見たら前言撤回とか出来ひんくて。
      俺は渋々重い身体を起こして、クローゼットに向かった。
      あーぁ・・・何着てこっかなー・・・


















      てなわけで、今この状況にある。
      見渡す限り、人、人、人。
      どー考えても酸素が薄い。


      「ねぇねぇ、花火もうすぐだってよー!」


      「どこで上がるん?」


      「んー・・・あっち?」


      「あー河の向こう側か。」


      が指差した方向にはいくつかの仕掛花火。
      全部に火がついたら綺麗なんやろぉな。


      と、想像を巡らせとったら、右手を引っ張られた。
      どーもがキョロキョロしよる。
      ピンクの鼻緒の下駄がカラコロ不規則な音を立てる。


      綿あめを持った姿まるでガキ。
      自分の顔よりでかい綿あめ。
      俺の視線に気付いたが振り返って笑ってみせる。


      「ほら、口許付いとぉで。」


      「ん?」


      「綿あめ。」


      「うそっ?」


      口の下に付いた綿あめ。
      顎を掴んで上を向かせ、舌でそれを舐めとってやる。
      白い塊が、舌の上で柔らかく溶ける。


      「あま・・・」


      「ぁ、ありがと・・・」


      は俯いて、俺が舐めた場所をコシコシ拭く。
      普段こんなことされたらムカつくんやろーけど。
      俯いた顔が赤く照れるから、許してまう。


      流れてく人込みの中。
      立ち止まるのはえらい邪魔かもしらんけど。
      俯いたの顔を上げさせて、唇にキスをした。
      

      軽く、触れるだけのキス。
      綿あめでべたべたするの唇。
      それは普段より甘くて、溶けそうな味がした。


      「き、京?」


      「ほら、綿あめ落とすで?」


      「え?あ、おっと・・・」


      テンパっとるのが手に取るように解る。
      そーゆー余裕ないとこ、見よって飽きひん。
      

      の左手と自分の右手を繋ぎ合わせる。
      さり気無くやけど、握り返してくれる心地良さ。
      普段こんなことせーへんから、えらい新鮮。
      手繋いで出掛ける時間とか滅多にあらへんし。
      祭り、来て良かったかも。


      「ねぇ、りんご飴買ってもいい?」


      「・・・あかん。」


      「ぇー・・・すぐそこにあるよー?」


      「大人しゅー綿あめ食っときぃ。」


      右手にはおっきな綿あめ。
      左手には俺の手。
      りんご飴買ったらどーやって手ぇ繋ぐねん。


      繋いだ手に少しだけ力を込める。
      俺から離れて行かんよーに。
      

      なんか不思議。
      こんだけ人がおる場所で、の隣におるのは俺。
      俺の隣にも人はよーさんおるけど、手を繋いどるのは
      なして俺で、なしてなんやろーか。


      こんだけ人がおる中で出逢えた奇跡。
      きっとそんなん考え出したらキリがないんやろーけど。
      でも少しくらい、感謝してみるのもえぇかもしらん。
      そんなキャラでもあらへんけど。


      「あ・・・」


      「ん?りんご飴やったら買わんで。」


      「あめ・・・?」


      「せやからりんご飴は・・・あめ?」


      ふと空を見上げると顔に水滴が落ちてきた。
      周りの奴等もそれに気付きだしたようで。
      辺りが少しだけ途惑いだす。


      「え、なになに?雨降ってきたの?」


      「わ、ほんまや。すぐ止むんとちゃう?」

      
      とは言ったものの、結構大粒の雨。
      でも周りに人が多すぎて身動きが取れん。
      どいつもこいつも濡れるのは平気らしい。
      慌てて雨宿りしよーとする奴は見当たらん。


      右手を額に翳し、雨を避けようとする
      顔に幾粒かの雫が落ちとる。
      このまんまやと、折角着てきた浴衣が濡れるんやろな。


      「んー・・・花火、中止なのかなぁ?」


      「なんかえらい雨強なってきたなぁ・・・」


      「あ、京、濡れちゃうよ!」


      「俺が濡れんならお前も濡れるやろ。」


      「そーだけど・・・」


      すぐ止むと思っとった雨は激しさを増してって。
      俺独りかもしらんけど、ちょっと焦る。


      「あ、あっこ行こや。」


      人波に流されそうなの手を強く握る。
      人の流れを裂いて歩くんは思ったより大変で。
      雨降り出したんやからみんな帰れや。


      人の多い大通りを避けて裏に逸れる。
      歩いていくほどだんだん人の疎らになっていく。
      それでも俺からしてみれば人は多い。
      浴衣の女に、ビール片手の男。
      酒飲むくらい家でも出来るやろ。


      「ちょ、京・・・っ!」


      「黙って歩け。」


      人の波に逆らって歩く。
      歩く間にも雨は酷くなる一方。
      急に降り出した雨に人の足は出店に向かうみたいで。
      確かに出店の屋根は雨宿りするにはえぇかもしらん。
      せやから裏に行けば行くほど、人通りは少ない。


      歩くこと、数分。
      あっこから見つけた小さな神社。
      一応祭りムードで小さな提灯が吊るしてある。
      雨に濡れて淡く放つのはオレンジの光。


      中は誰もおらへんみたいで。
      とりあえずこれ以上雨に濡れへんように境内に入った。


      木造のふるい階段は、二人で乗ると嫌な音を立てる。
      長年の雨と太陽が沁みこんだみたいな色。
      懐かしい、夏の匂いがした。


      「寒ない?」


      「うん、平気。雨降るなんてゆってなかったのにねー・・・」


      「多分、夕立やろな。」


      賽銭箱の前に座って空を見上げる。
      あるのは大きな入道雲だけで、雨雲は見当たらん。
      空もそんなに暗くあらへんし、夕立やと思う。


      横を見ると、雨に濡れた
      綺麗にセットした髪は雨で乱れで、後れ毛がうなじにかかる。
      水滴が付いた首筋はいつもより白く見える。


      「ほら、ちゃんと拭きぃ。」


      タンクの上に着とったジャージを渡す。
      受け取るんを渋るから、頭から被せてやった。


      「このくらい大丈夫だってば。」


      「俺が使えゆーとんやから使えって。」


      頭をわしゃわしゃ拭くと、髪がボサボサになるって怒る。 
      せやから、ジャージを頭にかけたまんま裾で首元を拭いてやる。
      首を振るが仔犬に見える俺の目は結構な末期。


      「なんか・・・ごめんね。」


      「・・・なんが?」


      「無理矢理誘ったのに、雨降っちゃったし・・・」


      「雨はお前の所為とちゃうやろ。」


      「そーかもしれないけど・・・」


      「じゃー謝ることあらへんやん。」


      「・・・」


      俺のジャージを被ったまんま俯く
      束の間の静寂に雨の音が響く。


      「京がね、仕事で疲れてるのは知ってる。」


      ぽつぽつ降る言葉が雨みたい。
      謝罪の言葉でも、の声なら心地えぇ。
      

      「でもね、1年に1回しかないお祭りだから・・・」


      世の中に人はよーさんおるのに、何でこいつなんやろ。
      他の奴じゃ代わりにすらならん。
      この声、この話し方、このイントネーション。
      の声やったら、恨み言でも聞いてられる。


      「京と一緒にいたかったの。」


      雨に濡れて白い首筋。
      それに手を回して引き寄せる。
      驚いて開いた目を気にもせず、に口付けた。


      少しだけ舌を出して唇を舐める。
      生温い、夏の雨の味。
      夏特有の夕立はの肌を白く、唇を紅く染める。


      「・・・んっ・・・」


      顎を上げ、開いた口に舌を滑り込ませる。
      絡まる舌は外気と同じ温度になる。
      柔らかい口内は吐き気がするほど甘い味。
      なんとなく、夏祭りの味やと思った。


      浴衣を着ててこてこ歩く
      綿あめ片手に微笑む
      そんなを見て、俺も結構浮かれとったんかもしらん。
      立派なガキやな、俺も。


      「祭りとかよー好かんねやんか。」


      よーさんおる人ん中で、俺の傍におるのは
      の傍におるのは俺。
      出逢った人は何百人もあるはずなんに、なしてやろ。
      なして俺はを選んで、は俺を選んだんやろ。


      「人は多いし、あっついし。」


      相性とかタイミングが良かっただけやろか。
      せやったら、なしてここまで愛しい気持ちになれんのやろ。
      運命とか信じひんけど、偶然ってゆーには神聖すぎる。
      でも、誰に導かれたわけでもないと思いたい。
      例えば、神様とか先祖とかいう類のもの。


      「でも・・・」


      頬にかかった髪を後ろに流してやる。
      それだけの行為なんに、妙に幸せな気持ちになれる。
      目どころか脳味噌まで末期やったとは気付かれへんかったわ。


      「がおるんなら、そー悪くもあらへんわ。」


      目を閉じたにキスをする。
      乾いてく唇に、なんとなく夏の終わりを感じる。


      「あ・・・」


      の声に目をあけた瞬間。
      頭の上でドンと音がして、辺りに色が付いた。


      「花火・・・始まったんだ。」


      気付けば雨はほとんど止んどった。
      長い時間おったつもりはあらへんけど、時間は経っとったんかもしらん。
      やっぱりさっきの雨は夕立やったんやと思う。
      まだまだ、夏は此処に停滞しとる。


      ピューっと間抜けな音の後に、ドンっと大きな音。
      繰り返し起こるその音に、花火大会が始まったことを知る。


      花火は境内の裏側で上がっとるようで、こっからは見えん。
      どんだけ上を見ても、古い木造の屋根しかなかった。


      まだ若干青さの残る空に広がる色。
      散りばめられた花びらが夜空を舞う。
      消えても落ちてくることのないそれは、きっと空に溶けたんやと思った。
      夜空に溶けて、次の色と融合する。
      

      花火が潔い散り方やとか、誰がゆったんやろ。
      花火が咲いた瞬間の色は、一瞬にして脳裏に刻み込まれる。
      忘れんでって、縋っとるよーに思える。
      闇を裂く光は、結構女々しく感じる。


      「あっち行かんと花火見えへんな。」


      立ち上がろうとした俺の胸に、が額をつける。
      その瞬間、雨に濡れて小さくなった綿あめが、地面に落ちた。


      「もーちょい・・・二人でいたい・・・」


      「・・・花火見たかったんとちゃうん?」


      「二人でいたい・・・駄目?」


      地面に落ちた綿あめがなんか憐れに思えた。
      水溜りは綿あめを茶色く変色させてった。


      あんだけおる人の中から、に選ばれたそれ。
      目移りされた末の末路。
      茶色に変色したそれは、そのうち溶けてなくなる。
      明日になれば、全部忘れられる。


      「ま、花火くらい、来年も見れるしな。」


      「・・・」


      「・・・一緒に。」


      「・・・一緒に?」


      「・・・二人で。」


      よーさんおる人の中で、俺がを選んだ理由。
      世界中の人の中で、が俺を選んだ理由。
      

      溢れかえる人の中で、だけは見失わんかった。
      砂の数ほどの人の中で、だけは見間違えんかった。
      理由なんて、これで十分。

     
      「来年は花火、ちゃんと見ようね。」


      夏に咲く花は、夜空に色を刻む。
      決して儚くはあらへん、不思議に綺麗な色。
      それが生まれる音に包まれて、俺達はキスを交わした。























      BE HAPPY・・・?

      ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

      サイト開設1周年記念+日頃の御礼で、蒼夢の藍さんに捧げます★
      これでもかってくらい遅くなっちゃってほんとにごめんね(;´Д⊂)
      【夏祭り→雨でラブラブ終わり】なリクだったんですが・・・如何でしょ?
      小学生の日記みたいになったよーな気がしなくもないですが・・・。

      藍さんのみお持ち帰りOK★
      サイト1周年、おめでとう!!


      20050817   未邑拝




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送