空を見上げれば、零れ落ちそうな満月。
      寒空に輪郭を奪われ、虚ろに光を放つ。























        ― 声 ―

























      月が綺麗やから、空を見上げた。

 
      だだっ広いビルの屋上からは星が見える。
      誰が東京では星が見えんってゆーたんやろか。
      見えへんのやなくて、見らへんかったんやろ。
      俺等は、こんなにも近い。


      持ってきた煙草に火を付け、携帯に手を伸ばす。
      真っ暗な空に、白い煙がフワフワ漂う。

  
      白い煙は月を雲らせ、闇に溶ける。
      苦い香りは風に攫われた。


      携帯を開く。
      ボタン一つ押せば出てくる名前。
      こんくらい、目ぇ閉じとっても出来る。
      やって何回も、何百回も繰り返した操作やから。


      通話ボタンを親指で押す。
      俺のとおんなし呼び出し音。
      たったそれだけのことなんに嬉しくなる。
      自然と笑みが零れる。


      『はい?』

  
      「あ、俺・・・起きとった?」


      『堕威?起きてたよ。』


      「あんな、今日、めっちゃ月が綺麗やねん。」


      『・・・月?』


      「うん、まん丸や、まん丸。」


      『・・・意外に乙女なとこあるよね。』


      「そーか?」


      屋上で一人、笑いながら煙を吐いた。
      乾いた空間に、俺の声だけが響く。


      『こんな時間に電話するって珍しいよね。』


      「月、見したくてな。」


      『・・・ふーん。』


      「なんや、どーでもよさそやなぁ。」


      『どーでも良くはないけどさぁ。』


      「やったら何やねん。」


      『・・・堕威、疲れてるでしょ?』


      「・・・なして?」


      『声、元気無いもん。』


      「・・・はお見通しやな。」


      何気ない声の抑揚も見抜いてくれる。
      そんなが好き。


      気ぃ張っていつもピリピリしとって。
      でもそれを誰にも気付かせんように笑て。
   
  
      余裕のある人間に見られたかった。
      何事にも動じひん強い人間やと思われたかった。
      強く、大きくありたかった。


      でも、俺の虚勢を壊すのはいつも
      俺が必死に立っとぉのに、躊躇いもなく腕を差し出してくる。
      強がっとぉ自分がアホみたいに思える優しさで。


      『仕事、大変?』


      「仕事はいつでも大変やな。」


      『堕威はすぐ頑張りすぎるから困る。』


      「頑張ってへん、頑張ってへん。」


      『・・・それはそれで困るけど。』


      「どっちやねん。」

      
      俺は笑いながら、煙草を地面に押し付けた。
      赤い火は、黒い跡を残して消えた。


      『そーいえば、明日、堕威の誕生日だね。』


      「あ、そーやったっけ?」


      『自分の誕生日くらい覚えとこーよ。』


      「が覚えとぉなら俺が覚える必要あらへんやん。」


      『なにそれ。』


      明日ってゆってもあと20分くらい。
      もうすぐ31回目の誕生日。
      そして、と会って5回目の誕生日。


      「・・・今年は・・・」


      『ねぇ、4年前の誕生日、覚えてる?』


      俺の言葉を遮るようにの声がした。
      俺は言いかけた言葉をを飲み込む。
      は気付いたやろか?


      『夜中に堕威の家襲撃したんだよね。』


      「敏弥が真夜中にクラッカー鳴らしやがったよな。」


      『そうそう。バカ騒ぎして下の階の人に怒られたよね。』


      「調子乗って飲み過ぎたしな。」


      と知り合ってまだ数ヶ月やった頃。
      明るくて人懐っこくてすぐ仲良ぉなれた。


      見た目とはちごてえらい酒強い
      あの日も酔った薫くんと敏弥の世話しよったっけ。
      なんかえらい懐かしい感じがする。


      『3年前は2人でお祝いしたよね。』


      「前日に俺が告ったんやったな。」


      『そう。いきなりすぎてびっくりしたもん。』


      「フラれたら誕生日独りで過ごすつもりやってん。」


      と会って2回目の誕生日。
      誕生日の前日、丁度オフやったからと飯食いに行って。
      そんまんま勢いで告ったりなんかして。


      は知らんかもしれんけど、これは賭けやってん。
      フラれて友達に戻れる自信とかなかったから。
      そんくらい、お前に惚れとった。


      『あの日、私があげたプレゼント覚えてる?』


      「あたり前やん。」


      初めて食べたプレゼント代わりのの手料理。
      どっかの料理屋かと思うくらい豪勢やった。
      見た目だけは。


      微妙な味に二人で苦笑いしたよな。
      俺の方が上手いんちゃうかって。


      それから何回かの手料理食ったけど、やっぱ微妙で。
      でもそれにもだんだん慣れてった。
      味覚が低下しよるんやないかって不安やったことは内緒。


      「2年前はホテルのスイート泊まったっけ。」


      『そうそう。夜景がすっごい綺麗だったよね。』


      「その夜景見ながらヤっ・・・」


      『ぁああぁー!!電波障害電波障害!!』


      と会って3回目の誕生日は少し豪華に。
      自分の誕生日なんにホテルのスイート予約したりして。


      部屋ん中なのに、どこ行くにもくっ付いとった。
      広い部屋ん中の端っこで抱き合って、抱き合って。
      綺麗な夜景すら見劣りする程のを見た。


      ラブホと変わらへんってゆったら怒られたっけ。
      あれは確かに俺が悪かったけどな。


      「はいはい、すんません。」


      薄ピンクのバスタブいっぱいに泡を浮かべて。
      逆上せるくらいキスしたこと、覚えとる?


      短くなった俺の髪に泡とか乗っけてさ。
      ソフトクリームって笑た顔、俺は忘れへんよ。


      『そーいえば、去年は堕威が風邪引いてたよね。』


      「あー・・・えらい熱高かったよな。」


      『そう。インフルエンザかと思ったもん。』


      「二度と予防接種行かんって思たわ。」


      『インフルエンザと風邪は別ものなんだから仕方ないでしょ。』


      と会って4回目の誕生日。
      俺は38度を超えた高熱出して寝込んどった。


      一緒にイルミネーション見にいく約束も駄目になって。
      外はクリスマス一色なのに、俺等はずっと部屋ん中。


      が作ってくれた、少し塩辛いお粥。
      スーパーで買うてきてくれた蜜入りの林檎。
      あと、水分取れってポカリも一緒に。


      正直、熱に浮かされてあんま覚えてへん。
      それでも、が横におったことは覚えとる。


      汗を拭いて、大丈夫かって声かけてくれた。
      風邪うつるから帰れってゆーのに聞かへんで。
      でも、握ってくれた手がえらいあったかくて。
      なんか泣きそうになったの覚えとる。


      『もー私達が会ってから5回目なんだね。』


      「・・・早いなー。」


      『堕威も年取るはずだよね。』


      「・・・もな。」


      『・・・余計なお世話です。』


      電話越しに聴こえるの声。
      それはあの頃とこれっぽっちも変わってへん。
      優しくて、柔らかくて、めっちゃ好き。


      俺を甘やかしてくれる声。 
      俺を叱ってくれる声。
      俺を慰めてくれる声。
      俺を励ましてくれる声。


      目を閉じて、の声を脳に響かせる。
      俺を癒す言葉を紡ぎ出す音。
      いっそ溺れてしまえればえぇのに。


      と話したことは全部覚えとる。
      何回も何回も頭ん中で反芻したから。
      その度俺ん中に浸透して静かに広がってった。


      声が好き。
      話すことが好き。
      が、好き。


      なぁ、俺が話したこと、ん中にどんくらい残っとる?
      全部を覚えとってほしいとか思わへん。
      やけど、好きやってゆったことだけ、忘れんでほしい。


      大したことゆってやれたことなんかあらへん。
      どーでもいい話しか出来てへんのかもしらん。
      それでもほんの少しだけ、ん中に俺の居場所を残して。
      迷わず其処に、帰っていけるように。


      に導かれて辿り着く場所。
      別にそれが天国でも地獄でも構わへん。
      やからもっかい、声、聞かせて?


      「なぁ、今年は一緒に過ごせへんの?」


      のその声で、俺を掬い上げて。
      都合いいって怒っても構わへんから。
      もっかいその声で俺を呼んで。


      「ケーキとかプレゼントとか何もいらへんねん。」


      もし俺の声が届くなら答えて。
      もし少しでも覚えてくれとぉなら答えて。
      の、その声で。


      「がおればそれでえぇからさ。」


      頭ん中で反芻した声が擦れてく。
      再生しすぎたカセットテープみたい。 
      ノイズが混じって音が飛んで、鳴らなくなる。


      「一緒におってや・・・なぁ、・・・?」


      空を見上げれば、零れ落ちそうな満月。
      寒空に輪郭を奪われ、虚ろに光を放つ。


      愛してる、と。
      出ない声は白い息と一緒に闇に消える。
      

      日付が変わる。


      耳元で、携帯の呼び出し音だけが鳴り響く。
      月の光に隠れることなく、静かに鳴り続ける。 






















     

      BE HAPPY・・・?

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      ☆HAPPY BIRTHDAY TO Die☆
      
      誕生日なのにこんな暗い話になってごめんなさい。汗
      オチはアレだけど、途中経過は楽しそうだし・・・いいや!
      兎に角、今期も彼にとって素敵な年になりますように☆


  
      20051220   未邑拝



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