季節が流れて、流れて、流れて。
      いつか、君と同じ色の季節が、俺にも見えるんやろか。
























      最後の節色


























      日が、落ちる。
      長くなった昼が、短くなった夜に侵蝕される。
      もう少しで今日が終わる。


      ドアの前で阿呆みたいに一人で百面相しとったあのころの俺。
      今では何の意味もないけど。
      選択肢なんて、今の俺には残されとらんかった。
      そんなん解っとんのやけど、認めたない。


      俺は何度もチャイムを鳴らした。
      虚しい音だけが中から響いてくる。
      それでも俺は阿呆みたいに何度も押した。


      「なして出ぇへんねん・・・」


      煩いって怒って出てきてや。
      なぁ、はよしたって?
      外な、雪降りそうやねん。
      このまま外に放置しとくつもりかいな。
      なぁ、
      頼むから出てきたって。


      無駄に分厚いドアに額をあててみる。
      えらい冷たい。
      俺は小さく息を吸って、鍵穴に鍵を差し込んだ。
      

      は鍵閉めんのがあんま好きやなかった。
      いや、もしかしたら面倒やっただけかもしらん。
      家におるときは滅多に鍵かけへんかった。
      危ないから閉めろ言うんに閉めへんの。


      堕威が来たとき、鍵が閉まってたら寂しいでしょ、って。
      そんな屁理屈が妙に嬉しかった。
      私が此処にいるよって、教えてあげてるの、って。
      その場限りの思いつきの言葉に、胸が熱くなった。
      ただいまって言うてえぇ場所なんやって思えた。
      俺を独りにせぇへん場所やって思えた。
      酷く温かかったから。


      差し込んだ鍵を静かに回した。
      カチャっと無機質な音が世界を支配する、そんな感覚。
      ひんやりと冷えたドアノブが、今の俺の温度。
      酷く冷たいから。


      このドアが閉まっとけばえぇ。
      なんや、開いとったんか、ってもう一度鍵を差し込んで。
      全てが俺の勘違いであればえぇ。
      そう願うのは、多分100回目。


      
      何度願っても、何度祈っても。
      この機械仕掛けのドアにすら受け入れてもらえへん。
      俺は無情なドアノブに手をかけ、それを引き開いた。


















      
 
      「だぁーいーっ!」


      「ぅおっ!な、なんや・・・起きとったんか」


      「ちゃんと言って!」


      「は・・・?チャン、寝ぼけとる?」


      「馬鹿。ちゃんとただいま、言って」


      「・・・ただいま・・・?」


      「ぅん、おかえり」


      「?」


      「帰ってきたらね、ちゃんとただいまって言って」


      「ぁ、いや、寝とったらあかんやん?」


      「寝てても言って。起きるから。ちゃんとおかえりって言うから」


      「・・・うん」


      「一緒にいるんだから。独りになろうとしないで」


      「うん」


















      
      夏になったら色とりどりのミュール。
      冬になったら落ち着いた色のブーツ。
      年中あるのは白と黒のスニーカーで。
      それはどれも俺のと比べたら小人の靴みたいやった。
      玄関開けて一番最初に迎えてくれるの温もり。
      去年までの話。



      「・・・ただいま、・・・」



      ガランとした灰色の玄関。
      殺伐とした風景の中に響くおかえりっての声。
      胸が締め付けられるのはそれが幻聴やから。


      俺を迎えてくれるはずの靴は1足もない。
      だから目を瞑って思い出してみる。
      この時期にあるはずの靴。
      去年クリスマスプレゼントにやった茶色いブーツ。
      あれはのお気に入りで、しまう暇なんかなかったよな。
      いつだって玄関でスタンバイしとったやん。
      どこいってまったんやろな。



      
      玄関から続く短い廊下。
      左側にトイレとバスルーム。
      右側には少し小さな台所とは呼べへん台所。
      突き当たりの硝子ドアを開ければ、いつも過ごしとったリビング。
      

      そっとドアを開けると冬の匂いがした。
      確か、左側の壁にくっつけるようにしてベッドが置いてあった。
      淡いピンクと白のチェック柄の布団と枕カバー。
      枕元にはよぉ濡れたタオルが置いてあった。
      

      風呂上がってそんまんま寝んのやめぇて言うとんのに。
      髪もよー乾かさへんと寝よる。
      頭拭いたまんまのタオルが水を含んだまま無造作に置かれとって。
      それを洗濯機まで持ってくのは俺の仕事やった。


      「ちゃんと乾かさへんから、冬なってよー風邪ひくねんなぁ・・・」


      ベッドの横には大きめのテーブルがあった。
      一人で使うには大きいねんけど、二人で使うには少し小さい。
      飯置くときよぉ困ったよな。
      でも食った後片付け始めんのがはよなったって言いよったっけ。
      二人分も皿あったら邪魔やもんなぁ。


      その前に置いてあるのは二段ラック。
      一段目には大きめのコンポがおいてあって。
      たまーに俺等の曲かけて笑ったよな。
      ココの京くん何て言いよんのか解れへんなぁって。
      二段目に置いてあるのはテレビ。
      あんまテレビ見ることなかってんけど。
      それでもめざましテレビの星座占いは見よったよな。
      あれ、ほんまに当たとったんかなぁ?


















      
      「あ、堕威最下位だってさー!」


      「うそぉー!見てへんかったわぁ」


      「失敗が多い日。大事なことは明日に回そう、だって」


      「えぇー・・・今日録りなんに不吉やーん・・・」


      「あ、ラッキーアイテムは・・・ナマモノだって」


      「今日、不幸決定やん」


      「え?どーして?私がいるじゃん」


      「えーっと・・・ちゃん?今はラッキーアイテムの話やろ?」


      「うん、だから私。私だってナマモノじゃん」


      「・・・」


      「・・・な、なによ、その顔・・・」


      「ぅわー・・・俺、今日仕事行けへんわ・・・」


      「どーしてよっ?!」


      「こんな可愛ぇこという子一人残して家出ていかれへんわぁー!」


      「ば、馬鹿っ!さっさと仕事行ってよっ!」



















      
      枕元に置かれたタオルも淡いピンクのベッドもあらへん。
      二人で使うには小さいテーブルもあらへん。
      大音量で働いてくれよったコンポもあらへん。
      毎朝見よった占いを映すテレビもあらへん。
      なぁ、此処にはなんも残ってへんよ。


      この部屋、こんな広かったっけ?
      いつだってモノで溢れかえっとったから気付かへんかったわ。
      


      「ちゃんと掃除せぇって言うたけどな・・・」



      少しくらい、残してってくれればえぇのに。
      余韻だけでも残してってくれればえぇのに。
      靴の片方だったり、ネイルの一本だったり、メモ用紙の一枚だったり。
      それくらい、俺にくれてもえぇやんか。



      「こんな綺麗さっぱり片付けんでもえぇやん」



      この部屋は空っぽや。 
      の形も匂いも何も残ってへん。
      がおったら、こんな冷たい空気が充満するはずない。
      全てが肌を刺すようで、痛い。


      無くして初めて気付く大切さ、とか言うた奴がおる。
      やけど、俺にとってはそんなんやなかった。
      無くさんでも大切で大切で仕方なかった。
      どうやったら優しく愛せるか、そればっか考えとった。
      を上手に愛してやることは出来とったか解らへん。
      でも、世界で一番愛しとったことだけは、間違いやない。


      思い出が詰まったはずのこの部屋に、はいない。
      いつの間にか何もなくなっとったこの部屋。
      家具も、も、全部、ぜんぶ。


      
      「・・・・・・」



     
      辺りが闇に包まれる。
      いっそこのまんま真っ暗になってしまえばえぇのに。
      なんも見えんようなってしまえばえぇのに。
      どうせなんもないんやから。


      もし明日世界が終わるなら、何をする?
      ミレニアムに浮き足立っとった奴等がようこんなこと訊いてきた。
      もし明日世界が終わるんなら、この部屋で過ごしたい。
      の形とか匂いとか思い出しながら、独りで。
      願いの一つも叶えてくれへん景気悪い神さんに願うことなんかあらへん。
      そう強がってみたり。


      狭いベランダは煙草を吸う俺の特等席やった。
      は部屋で吸ってもえぇって言うたけど、匂いが残るのが嫌やったから。
      煙草は煙草の匂いであって、俺の匂いじゃあらへんから。
      夜になったらポツポツと燈る柔らかい光。
      下町の提灯みたいな暖かい色が見えるのは、このベランダだけやった。
      俺はその色が好きで。
      とても、大好きで。


      
      「・・・ッ・・・!」


      
      傍におりたかった。
      もっともっと一緒におりたかった。
      もっともっともっともっともっともっともっと。
      抱きしめて、接吻けて、柔らかい肌に身体を埋めて。
      


      「ぁ・・・・・・」



      の匂いを探すように床に頭を擦りつけて。
      一個一個記憶を辿るように、床に這い蹲って。
      冷たい空気に汚染されそうになる思い出を、どうにかして繋ぎとめたくて。
      阿呆みたいに手を伸ばして、必死に伸ばして。
      届くことのないの残像の欠片を掴みたくて。
      空を切る指先がかじかんで、体温だけが奪われてく。


 
      「此処におってやぁ・・・・・・ぁッ・・!」


      
      男のくせにって笑われるかもしらん。
      やけど、涙が溢れて、溢れて、溢れて。
      俺の目ごと、零れる涙も凍ってしまえばえぇ。
      それも叶うことのないまま、溢れる涙が凍る涙を溶かす。
      視界がボヤけて白く膜を張る。
      

      が最後に見た世界も、こんな色やった?
      にとっては全てが最後やった。
      春も夏も秋も、そして冬も。
      もう二度と、過ごすことのでけへん季節やった。
      なぁ、の目には、どんな色に見えた?
      俺には真っ白で、何も見えへんよ。



      「寒ぅてかなわんわ・・・なぁ、・・・・っ」



      がおらんようなって初めての冬。
      冬ってこんな寒いもんやったんやな。
      に会う前まで、こんな寒い中独りでおったんやで、俺。
      冬が温かいもんやって教えてくれたの、やんか。
      誰もこんな寒さ教えてほしなかったわ。


      この冬を乗り切れば、もう二回目の季節。
      もうそろそろ、俺も笑えるようになるやろうか。
      温かい自分の部屋で、春を迎えることはできるんやろうか。
      他の誰かと、微笑みながら。


   
      「・・・・・・ぁ・・っは・・・」



      この部屋ももう解約せなんのも解っとる。
      いい加減にせなあかんのも解っとる。


      せやけど、でけへんよ。
      この部屋なくなったら、ほんまにの居場所がなくなってまう。
      もしいつか、が帰ってきたら。
      もしいつか、が帰ってくることが出来たら。


   
      「そんなわけ・・・わらへんのに・な・・・・っ」



      子猫が親猫の匂いを辿るように、床に顔をくっつけて。
      誰に馬鹿にされようが、俺には泣くことしか出来へんくて。
      泣いてが帰ってくるなら、キチガイ扱いされるまで泣いてやるのに。
      涙が枯れても嗚咽すら出なくなっても、それでも泣き続けてやるのに。
      それも叶わへんことだと、やっぱり俺には泣くことして出来へん。


      
      「・・・・・・・・・ぁ・・」



      名前を呼んで、涙を流して。
      の余韻が少しでも残ってないか確かめるように。
      何もないことに気付いてまた泣くのは、俺なのに。
    

      ケチな神さん、アンタが本当におるんなら答えてや。
      今、はどうしとる?
      

      天国でも地獄でも何でもいい。
      この世界で一番安らかな場所に、を連れてってください。
      笑うことが苦じゃない場所へ、連れてってください。
      春になったら花が咲き乱れて、夏になったら太陽が眩しい。
      秋になったら葉が赤く色付き、冬になったらの大好きな雪が降る。
      そんな場所へ、を連れて行ってください。


      俺がおらん間、独りじゃないように。
      いつも溢れんばかりの光が、彼女を包みますように。
      彼女を取り巻く季節が、全て暖かく色鮮やかなものでありますように。
      これ以上、悲しいものを、彼女に見せないで下さい。



      「ぁ・・・雪・・・・」



      廻っていく季節はめまぐるしく色を変える。
      多忙な人間にはきっと色さえも見えてへん。
      なぁ、止まったの季節は、今、何色?
      の好きな色やったえぇな。


      季節が流れて、流れて、流れて。
      いつか、君と同じ色の季節が、俺にも見えるんやろか。
      


      「今年の冬は・・・寒ぅなりそうやなぁ・・・」



      いくら涙を流しても、声を上げても、が戻ることはあらへんくて。
      やっぱり俺は、独り進めずに、この部屋におる。
      

      降りだした雪は静かに明かりに吸い込まれていく。
      手を伸ばして手の平に乗せては、溶かす。
      


      「なぁ・・・?」



      

























      BE HAPPY・・・?


      ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

      季節外れもいいところ・・・なお話ですネ。
      ain't afraid to dieを聴こえるか聴こえないかの音量で聴きながら読んで欲しいです。
      私も聴きながら書いたんで(笑)

      少しでもお気に召しましたら、感想下さると嬉しいです。



      20040925  未邑拝

      




      



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