俺を忘れるなんて許さへん。
      狂っても狂っても狂っても、俺だけ見て。
      絶対、逃がさへん。












      solation  ard











      外界から隔離されたかのようにひっそりと佇む病棟。
      外壁も内装も真っ白なそれは神聖な雰囲気が漂う。
      決して綺麗とは言えへんのに、簡素すぎて綺麗。
      医者も看護婦もおらへん。
      隔離病棟。



      俺はドアのないだだっ広いエントランを静かに歩く。
      外観は裕に三階立てなんに、此処には階段は無い。
      見上げれば高すぎる天井。 
      姿は見えへんけど、鳥の鳴き声が聞える。



      少し歩くと部屋が見えてくる。
      外壁と同じ真っ白で分厚い壁に仕切られた部屋。
      いくつくらいあるんやろうか?
      分厚い壁に遮られとる所為か、全く人の声は聞こえへん。
      人の気配を微塵も感じさせん冷たい空間。
      俺は真っ白な花束を片手に、あの病室へと足を進めた。



      この廊下を突き当たって右に曲ったら左から三番目。
      毎日通るこの廊下は目ぇ開けひんでも辿りつける。
      俺は日鈍色の重い鉄のドアを静かに開けた。
      其処は真っ白な、唯々真っ白な病室。
      高い天井に鉄格子の嵌められた天窓が一つ。
      手の届く場所に窓はない。
      独りで過ごすにはあまりにも広すぎる場所。
      俺はその部屋の真ん中に座っとるアイツに声をかけた。



      「・・・久しぶりやな」


      十三時間ぶりに会う、俺の愛しい人。
      は顔だけ俺の方を向けて、十余時間前と同じ顔をした。
      真っ白な服に身を包んだは、昨日とはまた別の人間。



      「あなた・・・だぁれ?」


    
      「薫、や」



      「・・・知らない・・・」



      「ええよ」




      俺はの目の前に立って、白い花束を差し出した。
      その瞬間、の顔が歪んだのが解った。
      忘れてへんのやね、俺の事。
      忘れてとっても、心のどっかで忘れられへんのやろ?
      今日もまた、思い出させたるからな。



      「、好きやったやろ?白い花」



      「・・・アナタ、私の事知ってるの・・・?」



      「知っとるよ、が知らん事も全部、な」



      「アナタ・・・誰なの・・・?」




      は差し出された花束を見つめながら、そう繰り返した。
      俺は手に取られることの無い花束を自分の腕の中に収めなおした。
      不思議そうな、何となく不安そうな、不安定なの表情。
      俺は屈んでと同じ目線で微笑みかけた。
      


      「さっきも言うたやん。俺、薫って言うねん」



      「アナタ・・・どうして私を知ってるの・・・?」



      「さぁ・・・どうしてやろなぁ?」



      「アナタは私の何なの・・・?」



      やっぱりは阿呆や。
      毎日毎日同じ質問すんねんな。
      自分を護る為に全部忘れることにしたんやろ?
      せやったらちゃんと最後まで自分護ったらなあかんやん。
      もう、無理なんやろうけどな。



      俺はの目の前で一枚ずつ、白い花の花びらを千切った。
      一枚一枚毟り取るようにバラバラに、千切っていく。
      一枚千切ってはの目の前で床へと落とす。
      また一枚千切ってはの目の前で床へと落とす。
      また一枚千切ってはの目の前で床へと落とす。
      なぁ、何が見える?



      「・・・ッ・・・ぁ・・・・」



      「綺麗やなぁ?」



      「・・・アナタ・・・誰なの・・・?」



      「せやから何度も言うとるやん。薫や、て」



      「どうして・・・?・・・私、アナタ、知ってる・・・」



      
      ほら、そうやってはまた絶望へと近付いて行く。
      そうやってまた自分を護りきれへんのやな。
      自分が傷ついとる事にすら気付かれへんのやな。
      滑稽すぎて吐き気がする。
      お望みなんやったら俺がいくらでも傷つけたる。
      何回だって死ぬほどの絶望を見せたる。
      



      「なぁ、。御伽噺したろか」


   
      「おとぎ・・・ばなし・・・?」



      「昔々ある所に、綺麗で優しいお姫様がおりました」



      俺は花びらを一枚一枚千切りながら、話を続けた。
      昔々ある所に、綺麗で優しいお姫様がおりました。
      そしてそのお姫様の周りにはいつも五人の王子がおりました。
      その王子達はな、みんな姫さんが好きやってん。
      でもな、皆自分の想いを伝える事はせぇへんかった。
      六人でおるんが当たり前やったし、それが一番幸せやと思ったんやろうな。



      「せやけどな、王子の中に一人だけ、姫さんを独占したい奴がおってん」


   
      「・・・・・」



      「それでその王子はどないしたと思う?」



      「・・・解んない・・・」



      「解らんわけないやろ?」



      薄雲が裂けて天窓から溢れんばかりの光が刺す。
      光に乗って舞っていた埃がキラキラと光りだす。
      遥か上にある天窓を仰ぐと、そこにはさっきは見えへんかった小鳥の姿。
      二羽もおったんやな、全然気付かへんかった。
      ふと足元に目をやると散りばめられた白い花が光に当たって黄色く輝いとった。
      なぁ、綺麗やな。
      綺麗やな。



      「王子はな、他の四人の王子を・・・」



      「・・・ゃ・・・ゃだ・・・・ッ・・」



      「殺してもうたんや」



      それは昔々の御伽噺。
      四ヶ月まえの御伽噺。
      愛しい姫を手に入れるための綺麗な愛に満ちた御伽噺。
      御伽噺はな、絶対にハッピーエンドになるって決まっとんねん。
      シンデレラも白雪姫も皆王子と幸せになったんやで。
      せやから俺等の未来も明るいに違いないねんな、姫?



      「最初の王子はな、包丁で首を掻っ切ってやってん」



      「ッ・・・やだ・・やめッ・・!」



      「確か名前は・・・堕威・・・やったかな」



      「・・・だ・い・・・ッ・・・やぁッ!」



      「次の王子はな、コードで首絞めてん。名前は敏弥やったな」



      「・・ぁ・・・ッ・・・!!!」



      「次の王子は屋上から突き落としたんやで。京って言うんやけどな」



      「や・・・やぁ!!!!もう止めてぇッ!!!!!」



      「そして最後の王子。こいつは斧で頭カチ割ってやってん」



      「やだぁ・・・ッ!!!!言わないで・・・もうやめてぇぇ!!!!」



      「こいつはなかなか死なんかってん。頭割れとんのに抵抗してきてな」



      「ぁ・・あッ・・・しん・・・ゃ・・・ッ・・・・!!!!」



      「そうそう、名前は心夜。死ぬまで姫の名前呼んでたで」



      「ぃやぁぁぁぁ!!!!!!!」




      真っ白な花は、いつも心夜がに持ってくる花やった。
      はそれを阿呆みたいに喜んで、大事にして。
      少しでも長生きするようにって水に砂糖まで混ぜて大切にしとった。
      なぁ、?心夜はあの日も真っ白な花持って来とったんやで。
      唯な、ちょっと真っ白には見えへんかってんな。
      頭カチ割ったときに血と一緒に脳味噌飛び散ってもうてん。
      どす黒い花束、は覚えとる?



      「最後に残った王子の名前、何やったっけ?」



      「心夜・・・心夜ぁぁ!!!!!!!」



      「ハズレ。それは最後に死んだ王子の名前な」



      「ぁッ・・・しんやぁぁ!!!!!!」




      は肩を抱いたまま、狂ったように頭を振り乱した。
      飛び散る涙が酷く官能的。
      泣き叫ぶ声が酷く魅力的。
      そう、そのままもっと乱れて、狂って、狂って。
      またあの日のように俺を見ればええ。



      「ヒントやるわ。姫の名前はな、って言うんやで」



      「ッあぁ・・ッ!!かぉ・・・もぅやめ・・・ッ!!!!」



      「何て?聞こえへんで、もう一回言うて?」



      「薫ッ・・・心夜を・・心夜を殺さないでぇぇッ!!!」



      そう、そうやって俺を見ればええ。
      涙で滲んだ目に憎しみでも苦しみでも何でも込めて俺を見ればええ。
      俺に縋り付いて泣けばええ、縋り付いて泣き叫べばええ。
      毎日この瞬間がくる度に思う。



      あいつ等を殺して良かった、って。



      真っ白な花びらの上に幾粒もの涙が零れ落ちる。
      の大好きやった白い花はの下でグチャグチャに潰れる。
      の叫び声に驚いたんか、天窓の小鳥が天上近くを飛び回る。
      どれだけ探しても、出口なんて見つからへんのにな。



      「正解。最後に残った王子の名前は薫、や」



      「薫ッ・・みんなを・・・心夜を返してぇ・・・ッ!!!!」



      「・・・俺が愛したるからな」



      「やぁ・・・心夜ぁ・・・ッ!!」



      「愛してんで」



      焦点が合わへん目では泣き続けた。
      異常に痩せた細い身体を引き寄せて抱きしめる。
      抵抗する気配も叫ぶ気配もなく、唯々は泣き続けた。
      何も掴めへん両腕を伸ばしては空を掻く。
      せやのに痛いくらい腕を伸ばして力無く最後の王子の名前を繰り返す。
      俺はが壊れるくらいきつく、きつく抱きしめた。
      


      そうやったな、御伽噺の続きでもしよか。
      五人の王子はたった一人を残して皆死んでしまってん。
      それを嘆き悲しんだ優しい姫様は心を閉ざしてしまったんや。
      全部を忘れて自分を護ろうとしたんや。
      可哀相に、王子の愛を受け入れるんには優しすぎたんやな。
      本当の愛を知るんには姫は幼すぎたんや。
      そのまま姫は誰もおらん真っ白な城に閉じ込められた。
      何も見えん、何も聞えへん閉ざされた城。
      



      「ぅ・・あッ・・・かぉ・・・る・・・・」



      「愛してんで、・・・」



      姫は日毎生まれ変わる。
      夜が来ればまた全てを忘れて、また何も考えへんようなる。
      阿呆やな、忘れたりせぇへんかったら辛ないんに。
      俺は毎日此処に来ては、四ヶ月前の出来事をに話す。
      毎日あの日の記憶に絶望すんのはどんな気持ちやろうか。
      忘れたはずの想い出に犯されるんはそんな気分やろか。
      俺はを抱きしめたまま微笑んだ。
     


      俺を忘れるなんて許さへん。
      狂っても狂っても狂っても、俺だけ見て。
      想い出に追われて犯されて心が殺されるその日が待ち遠しい。
      はやく狂ってしまえばええ、壊れてしまえばええ。
      もう二度と治ることもないくらいコナゴナに。
      絶対、逃がさへん。
     



























      BE HAPPY・・・?


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      とりあえず、全国の虜様・・・殺しちゃってごめんなさい・・・。
      私の文才のせいで内容とか情景が伝わってるのか心配です(汗)
      今回のタイトルは内容のまんまです、ストレートに。
      どうして薫さんはこんな話になっちゃうんでしょうね(笑)

      少しでもお気に召しましたら感想下さると嬉しいです。


      2004  0401  未邑拝









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