君の舌で唾液で全てを洗い流して。
      罪とかいう汚れた証を。






















         塗れの右手



























      今日も、殺しました。








      連日報道される動物虐待のニュース。
      俺は毎日どんな顔して見てたっけ?
      動物をまともに撫でたこともなさそうなリポーターが語るその状況。
      動物愛護団体だかなんだか知らないけど、アンタ等誰?
      怒ったり泣いたり忙しい奴等。
      全部、嘘っぽい。


      どうして見たこともないモノの為に怒れるの?
      どうして見たこともないモノの為に泣けるの?
      酔ってるのは自分の優しさ。
      可哀相だと涙を流せる自分の優しさ。
      馬鹿らしい。


      

      初めはそんな気持ち全然なかった。
      殺すつもりなんてなかった。
      


      
      ちょっと前、俺の家の周りをウロウロしてる猫がいた。
      灰色の毛にところどころ黒い毛が混じって可愛い猫だった。
      飼いたいけど、やっぱ仕事柄家に帰って来るの不定期じゃん?
      ツアーで何日も家空けたりするし。
      だから俺が家に帰ったときは必ず階段のとこに餌置いててさ。
      あんま良いことじゃないってのはわかってんだけど、ほっとけなかった。
      

      最初は凄く小さくてガリガリに痩せてて。
      だけど餌をあげ始めてから約3ヶ月。
      飼い猫までとまいかないけど、大きくなって、毛並みも良くなった。
      餌をあげてるのが俺だってちゃんと解ってるみたいで。
      俺が階段を通ると足元に擦り寄ってきて鳴くんだ。
      ありがとう、って。



      「行ってきます」



      こんな日々は暫く続いて。
      ちょうどツアー終わってやっと家に帰ってきたときのこと。
      いつもみたいに階段を通ってもあの鳴き声がしなかった。
      

 
      「夜だし・・・寝てんのかなぁ?」



      猫って夜行性じゃねぇのかよってツッコミながら俺は部屋に帰った。
      部屋の中まで聞えることもあったあの鳴き声。
      どうして聞えないのか、もっとよく考えればよかった。
      


      
      

























     

      「・・・猫・・・?」



      餌をあげるってことは餌皿が必要ってわけ。
      俺が選んだのはクールな水色の底が浅い皿・・・だったはず。
      こんな趣味の悪い模様なんか付いてなかった。
      


      「何だよ・・・これ・・・」



      餌皿にこびりついた赤黒いそれ。
      猫の血だってことに気付くまで、そんなに時間はかからなかった。
      階段の下に隠れるように身体を丸めて横たわるモノ。
      つい先日まで鳴いてた猫。



      車に轢かれたのかもしんねぇし、猫同士の喧嘩かもしんねぇ。
      きっとまだ死んでそんなに時間は経ってない。
      何処から血が出てんのか解んねぇくらい血塗れ。


      尻尾かと思ってたものは飛び出した腸だった。
      血溜まりの中には潰れた臓器。
      白く濁った目が弱々しく俺を見てる気がした。



      そんな目で見んなよ。
      そんな目で見られたって何もしてやれねぇよ。
      助けてもやれねぇよ。
      そんな目で見んなよ。
      そんな目で見んなってば。



      俺は濁った目を潰すように、猫の頭を握りつぶした。
      血に汚れた毛が皮膚が肉が爪に食い込む。
      硬い頭蓋骨を肉が滑り落ちる感覚。
      グチョっと音を立てて目が潰れ血が飛び出す。
      

      俺は何度も目に指を突っ込んでそこを抉った。
      流れてくるゼリーみたいな物体。
      俺は手の平でそれを力一杯握りつぶした。









      猫の鳴き声は聞えない。
      水色の餌皿に残ったのは赤い餌。
      



      猫の鳴き声はもう聞えない。











      始まりはこんなに単純なもの。



































      「なぁ、?」


      「んー?」



      革張りのソファーに身体を深く沈める。
      は床に座り俺の膝に頭を埋めた。


      点けっ放しのテレビから流れる味気ないニュース。
      でも今日はそれが妙に目に付いた。


      最近頻繁に流れるこのニュース。
      俺の家の近くで起こってる動物虐待のニュース。
      虐待ってより虐殺。
      原型を留めてないものもあるのに、それが動物だって気付く奴が凄い。
      


      
      
      「頭、撫でても良い?」


      「ん」



      細くて艶々した黒髪。
      俺は梳くようにそれに指を通した。
      指の隙間から滑り落ちる髪。
      それはいつか見た光景にそっくりで。



      「きもちー・・・」


      「ん?」


      「敏弥に頭撫でて貰うとね、凄く気持ちいい」


      「愛情こもってっから」


      「指先まで?」


      「爪の先まで」



      あぁ、解った。
      この感覚、アレに似てる。
      握りつぶした猫の身体が手の平から零れ落ちる感覚。
      指の隙間からドロドロ零れるどす黒い血肉。
      

      愛情なんてこもってるわけない。
      こんな右手に愛情なんて込めれるわけねぇじゃん。
      を触って良い手じゃなかった。
      何やってんだろ、俺。




      「駄目だって解ってんだ」


      「・・・何が?」


      「やっちゃ駄目だって解ってんのにさ」


      「・・・敏弥?」


      「なのに気付いたらまた右手が血塗れでさ」


      「・・・どうして?」


      「俺が殺したんだ」


      「・・・何を・・・?」


      
      初めは殺すつもりなんてなかった。
      でも足元に擦り寄ってきた猫が、あの猫にそっくりだったから。
      殺したかったわけじゃない。
      なのに気付いたら右手で力一杯猫の首を締め上げてた。
      引っ掻かれてどんだけ血が出てても、そんなことどうでも良かった。
      だらんとなった猫の首をくるくる回してみた。
      別に何がしたかったわけでもないけど。
     

      ゴミ捨て場で餌漁ってた犬見たときもそうだった。
      別に何も感じなかった。
      そのまま通り過ぎれば良かったのに、それが出来なかった。
      気付いたら右手で鋏握り締めて、犬の腹に突き立ててた。
      キャンキャンなく犬の口を力任せに上下に押し開いた。
      ゴキって骨が外れて口が裂けて、それから犬は鳴かなくなった。
      俺はだらしなく開いた口に腕を突っ込んで、舌を全部引っ張り出した。
      別に何がしたかったわけでもないけど。


      公園を歩いてる鳩を見たときもそうだった。
      餌に引かれて飛んできた鳩の首を掴んで羽をもぎ取った。
      両翼を無くした鳩は丸身体を地面に転がしてて。
      全体重をかけてそれを踏み潰したら、眼球が飛んで赤い肉が飛び出した。
      俺は出てきた肉をライターの火で炙って、そこら辺の鳩にあげた。
      別に何がしたかったわけでもないけど。



      「・・・敏弥?」


      「俺さ、何でこんなことやっちゃうんだろ」


      「・・・動物・・・?」


      「・・・」


      「全部、敏弥が殺したの・・・?」


      「・・・」


      「ねぇ・・・どうしちゃったの?」



      こっちが聞きてぇくらい。
      何で俺、こんなことしてんだろう。
      こんなことして満たされたって思ったことなんてねぇよ。
      


      の歪んだ顔が目に映る。
      俺のこと気持ち悪い?
      俺のこと恐い?
      


      手の中で崩れてくもんみて思ったんだ。
      同じなんだなって。
      擦り寄ってきた猫も餌漁ってた犬も飛んできた鳩も。
      俺が手にかけたもの全部、同じなんだなぁって思った。
      外側は違っても中身は全部一緒なんだなって。


      俺もさ、開いたら中身あんなんなのかな。
      目が潰れて内臓が砕けて腸が飛び出してグチャグチャになんのかな。
      

      
      「俺さ、すっげぇ汚ぇよ」


      「・・・」


      「俺の右手、すっげぇ汚い」


      「・・・」


      「もう、の傍にいらんねぇよ・・・」


      「・・・どうして?」


      「きっと俺、いつか殺すよ、


      「・・・」


      「きっと動物じゃ足んなくなる」


      「・・・」


      「ごめん・・・」


      「・・・」


      「・・・」


      「・・・いいよ・・・」


      
      その言葉の意味を理解する前にの手が重なった。
      は俺の手を取って自分の首に持っていく。
      力の入らない指先がの冷たい首筋に触れる。



      「良いよ・・・殺して?」



      
      出来るわけない。
      の首を絞めるなんて出来るわけない。
      そう思ってるのに。


      俺はの細い首に手を回してグッと力を込めた。
      白い首に俺の指が食い込む。
      猫を殺したときもこんな感じだった?
      犬を、鳩を殺したときもこんな感じだった?


      違う。
      こんなんじゃない、全然こんなんじゃねぇよ。
      殺せるわけない。
      俺にが殺せるわけがない。
      


      こんなにも愛しいから。


     
      「・・・好きだよ・・・」


      「知ってる」


      「ごめん・・・・・ごめん・・・」


      「解ってる」



     
      首を絞めていた腕での身体を抱きしめた。
      自分が何をしたいのかさえよく解んない。
      殺したくて、でも殺したくなくて。
      自分が何を考えてんのかもよく解らない。
      


      「敏弥は優しいから・・・」


    
      優しくねぇよ。
      優しいなら罪も無い動物殺したりしねぇよ。
      冗談でもの首に手をかけたりしねぇ。


      「苦しいんでしょ?」


      「・・・」


      「苦しかったんでしょ?」


      「・・・うん」


      「苦しくて苦しくて仕方なかったんだよね?」


      「・・・うん」


      「敏弥は優しすぎるから」


      「でもっ・・・」


      「でも?」


      「殺していい理由にはなんねぇよ」


      「うん、そうだよね」


      「俺、マジ最低だ・・・汚い」


      「・・・そうだね」


      「俺の手、汚ぇよ・・・」


      「・・・そうだね」



      自分と関係ない動物が死んで悲しむ奴。
      自分と関係ない動物が死んで怒りをあらわにする奴。
      そんな奴等の考えることはやっぱよく解んねぇ。
      偽善に見える。


      だけど、の首に手をかけて気づいたこと。
      大切なものを失う恐さ。
      すげぇ単純で当たり前のことなんだけど。
      初めて、それが解った気がする。


      俺が奪った命はきっと誰かに大切にされてた。
      きっと意味のあるもので、価値のあるものだった。
     

      悪いと思ってんのかな、俺。
      多分、違う。
      恐い、これが一番正しい表現。
      

      俺が誰かの大切なものを奪ったようにいつか俺もそうなるのかも。
      俺の大切なものが奪われる日がくるのかもしれない。
      それはきっとこの汚れた右手に誘われてやってくる。
      この右手にこびり付いた血の匂いに誘われて。
      罪の証。



      「ちょっとは綺麗に、ならないかなぁ・・・?」


      「ッ・・・?!」



      右手にヌルっとした感触が走る。
      温かい不思議な感触。


      右手に目を遣ると、赤い舌を出したと目が合った。
      は俺の右手に余すところなく舌を這わせた。


      短く切った爪、指と爪の間。
      小指、薬指、中指、人差し指、親指。
      第二関節、第一関節、指の付け根。
      手の平は頭脳線をなぞってそのまま噛み付くように。
      の唾液が短い生命線を伝って手首を濡らす。
      
    
      チラチラ見える赤い舌が握りつぶした目に見える。
      の唾液が右手に染み付いた血と混ざり合う。
      赤にも透明にもなれない液体はそのまま床へと垂れ落ちる。


      
      「大丈夫・・・ほら、綺麗になってる・・・」


      「・・・・・」


      「大丈夫・・大丈夫だよ・・・」


      「・・・うん」


      「敏弥の右手・・・ちゃんと敏弥の味がするもん」


      「・・・うん」




      君の舌で唾液で全てを洗い流して。
      罪とかいう汚れた証を。


      俺はの唾液に濡れた右手で、そっとの頬に触れた。
      の白い肌には不釣合いに見える俺の右手。
      それでも、今だけは、全て赦されてるって勘違いしたい。
      全部ぜんぶ、綺麗に洗い流されたって勘違いしたい。
      それは赦されることじゃねぇけど。
      

      
      「・・・キスしたい」


      「・・・ん」


      「舌、出して」


      「・・・ん」



      明日、どこにいるか解んない猫のお墓を作りに行こうか。
      そう、最初に死んだ、灰色の毛にところどころ黒い毛が混じって可愛い猫の。
      今さらだけど名前とか付けてさ。
      今更だけど首輪もあげてさ。
      水色の餌皿も綺麗に洗って墓の前に置いてあげる。
      いつも食べてた餌も一緒に入れてあげるよ。


      小さいけどあいつに似合う可愛い墓作ってさ。
      綺麗な花飾って、線香立てて。
      


      うん、そうしよう。






























      そしたら


























      涙くらいは出るかもしんねぇじゃん?

































      大切にしてたフリ


































      「・・・好きだよ」

































      そういうの俺、得意だからさ。































      BE HAPPY・・・?


      ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

      この終わり方ってどうよ、私・・・(笑)
      演じる時は心まで、思考回路まで演じましょう、という事で。


      少しでもお気に召しましたら、感想下さると嬉しいです!



      20040730   未邑拝



      
      



      





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