自分の腕がどれだけ頼りないか、私は知ってる。
繋ぎとめておくことすら、私には出来ないから。
C a g e
外に出ればそこには朝というものが存在してる。
外の人々が動き始める時間のこと。
時間が経てば、それは昼と呼ばれるようになる。
何の為の時間なのか、私には解らない。
白いレースのカーテンは捨てた。
だって日を通すから。
黒いエナメルみたいな布を、直接窓に貼った。
台風が来るわけではないけど、雨戸も全部閉めた。
雨戸の隙間にもガムテープを張った。
窓には木の板を張り巡らせた。
また、隙間が出来ないようにガムテープを貼った。
二人で過ごす部屋にしてはあまりにも不恰好。
だから真っ黒のカーテンを買った。
木の板にも上から黒いエナメルの布を貼った。
カーテンを開けても、現実が見えないように。
「・・・起きんでえぇの?」
「・・・ん・・・」
起きなきゃいけない理由なんてない。
だけど、心夜が見たいから起きる。
重い身体をベッドから起こして両手を差し出す。
子供が母親を求めるような仕草。
いや、母親が子供を求めるような仕草なのかもしれない。
どっちでも良いけど。
「心夜・・・おはょ・・・」
「・・・うん」
心夜は静かに私の腕の中に身体を預けた。
半分布団に包まったままの身体で、心夜の細い身体をそっと抱きしめる。
何も無い世界に温度が生まれる。
触れ合った部分から温かさが滲み出してくる。
心夜が私の背中に腕を回したのが解ったから、私は心夜の髪に顔を埋めた。
柔らかい、心夜の香りがする。
いっぱい息を吸って、肺の中、心夜の香りでいっぱいにして。
このまま吐くのが凄く勿体ないから。
ちょとだけ息を止めて、心夜の頭に頬をすり寄せた。
「?」
「ねぇ・・・」
「何?」
「・・・何でも、ない・・・」
じゃあえぇけど、そう言って心夜は私から離れた.
言いたいことがあるのに、口が巧く動いてくれない。
中途半端な言葉は喉の奥に引っ掛かったまんまで。
私は立ち上がった心夜の背中を見つめた。
心夜がダイニングでカップを出す音が聞こえる。
もっと大きな音を立ててくれればいいのに。
時計の音が、聞こえないくらい。
本当は時計なんていらなかった。
今が何時かなんて、知る必要がないと思ったから。
心夜と一緒にいれるなら、時間を気にする必要もない。
そう思ってた。
でも、心夜がそうさせてくれなかった。
私が時計を止めるたび、心夜が直して。
前に一度だけ、どうしてって聞いたみたことがある。
心夜が微笑んで、答えてはくれなかったけど。
「・・飲む?」
「何?」
「ココア・・・冷たいヤツ」
「・・・飲みたい」
心夜は朝ご飯って言いながらカップに私の大好きなココアを作ってくれた。
小さな氷がいっぱい入ってて、カキ氷みたい。
受け取ったカップは心夜の手よりずっと冷たかった。
私はカップに口を付けながら、チラっと心夜を見た。
また、あの顔。
心夜はぼーっと黒いカーテンを眺めてた。
もう何日もそう。
何を言うでもなく、唯、カーテンを眺めてる。
だけどそれを私に気付かせないように振舞ってみせる。
きっと心夜が見てるのはカーテンじゃない。
カーテンのもっともっと向こう側。
いつの日か過ごしてた外の世界。
心夜が何か言いたいのは解ってる。
心夜がどうしたいのかも解ってるの。
だけど、今はまだ、何も知らないフリをする。
何も気付いてないフリをする。
何も見えない、何も聞えないフリをする。
心夜が、好き。
だから駄目なの。
誰にも渡したくない。
私だけのものにしたいの。
「・・・心夜・・・」
「ねぇ、」
「・・・何?」
「たまには・・・買い物とか行かへん?」
私の言葉を遮るように、心夜はそう言った。
細い指が私の頬に触れる。
指先から微かに甘いココアの匂いがする。
私の為の香り。
心夜が好きだった。
誰よりも誰よりも誰よりも、大好きだった。
流れるように艶やかな髪とか切なげな瞳だとか。
細くて綺麗な身体はこの世のものとは思えなくて。
初めはね、女の人かと思った。
だけど、不意に繋いだ手が男の人のもので。
もう駄目だって思った。
普段は全然笑わないし、あんまり喋ったりもしない人。
それでもふとした瞬間に見せてくれる笑顔とか。
ポツポツと話す言葉とか。
凄く、凄く愛しい。
私だけに向けられる笑顔。
私の為だけに紡がれる言葉。
私だけの為に。
我が儘だって言われても構わない。
異常だって、狂ってるって言われたって構わない。
だって愛してるの。
とっても、とってもとっても愛してるの。
好き過ぎてどうしたら良いのか解らない。
愛してるって言葉じゃ収まんない。
愛してる、愛してる、愛してる、愛してる。
お願い、私だけのものになって。
お願い、私だけを愛して。
「・・・どうして?」
「だってもう何週間も外、出てへんよ?」
「だって必要ないもん・・」
「だって仕事行かなあかんやろ?」
「・・そんなことない・・」
「いつまでも閉じこもっとかれへんやろ?」
「やめてよッ!!」
お気に入りのカップが割れる音がした。
それと同時にココアの甘ったるい香りが部屋に充満する。
カップを投げつけた壁を伝ってココアが滴る。
ピチッっと砕けた陶器にココアが落ちる音。
散らばった破片がベッドの上で私達を映し出す。
「・・・ごめん、怒らんで?」
前髪をかき上げて、額に心夜の唇が落ちてくる。
瞼に、目元に、鼻頭に、唇に。
心夜は子供をあやすかのように優しく口付けた。
例えば全ての世界に禁忌があるとする。
それは絶対的な支配者であって、逆らうことは赦されない。
反逆は罪とされ、罰に値する存在となる。
この世界での禁忌。
それはこの世界を壊すこと。
玄関を開けてしまえば、もう二度と元には戻せない。
カーテンを開けて、釘打った板を剥がして。
ガムテープを剥ぎ取って雨戸を開けて。
一瞬でも外を見てしまったら、もう振り返ることは出来ない。
この世界は脆くて儚い。
だけどどの世界よりも優しくて、幸せで、温かい。
「なぁ、、僕の話、ちゃんと聞いてな?」
「・・やだ・・・聞きたくない・・」
「えぇから、黙って聞いて?」
「・・・心夜ぁ・・・」
「僕な、のこと好きやで」
「・・・ぅん・・・」
「んこと好きやから、いつまでもこんなトコに居らせたないねん」
「どうして?・・・私、幸せよ?」
「!こんなん幸せとちゃうやろ?」
「どうして?」
「外出よう?皆んとこ行こうや」
「やだ・・・ッ!どうして?!このままで良いのッ!!」
心夜は私を見て困ったように微笑んだ。
私はこのままで幸せなのにどうして?
心夜はいつもそうだった。
いつだって私に気付かせないように外を見てた。
いつだって私を想うフリをしてた。
一緒にいようよ、ねぇ、心夜。
愛してるよ、世界で一番愛してるよ。
このままずっと一緒にいようよ。
このままずっと二人っきりの世界で過ごしたいの。
一緒にいてよ、ねぇ、心夜。
「外に出たら、心夜、私のこといらなくなっちゃうでしょ?!」
「ならへんよ」
「嘘!」
「愛してんで・・・」
「嘘!愛してなんかないくせに!」
「嘘とちゃう。愛してる」
「やめてよ!」
「ずっと傍におる・・・」
「やめてってばッ!!」
外に出たら、もうこの世界は壊れちゃうんだよ。
もう二度と元には戻らないんだよ。
もう一緒にはいれないんだよ。
外に出たら、絶対に心夜は私のとこには戻ってこない。
そこには心夜が求めてたものが溢れてるから。
私が心夜から奪ったもので溢れかえってるから。
きっと心夜は私のところには戻ってこない。
「どうして・・・一緒にいてくれないの?」
「一緒におるよ」
「嘘吐かないでッ!!」
「・・・一緒に・・おるよ・・」
貴方はいつもそう。
平気な顔して嘘を吐く。
綺麗な顔のどこからそんな残酷な嘘が生まれるのかってくらい。
貴方の綺麗な唇から紡がれる偽り。
私は馬鹿だから、どうしても信じてしまいそうになる。
嘘だって解ってても、信じたくなる。
そんな関係、誰も望んでなんかいないのに。
「心夜・・・愛してるよ・・・」
「・・・僕もやで?」
ほら、またそうやって嘘を吐く。
私のこと、愛してなんかいないくせに。
ねぇ心夜、愛してる。
誰よりも、何よりも、愛してるよ。
愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる。
もうどうしようもないくらい好きなんだよ。
周りなんて見えない。
心夜さえ傍にいれば他には何にもいらないよ。
私の目に映るのはずっと前から心夜だけ。
私の世界には心夜しかいないんだよ。
心臓が痛くて涙が出る。
本当に心蔵ってこんな所にあったんだなぁって。
ズクズクと不規則に押し寄せる痛み。
それが心夜によってのものなら、幸せだと思う。
「愛してるよ・・・愛してる、心夜・・・」
「・・・僕もやって・・・」
「愛してる・・・愛してる・・・」
「・・・どうやったら・・信じてくれるん・・?」
目の前にある心夜の細い身体をグッと抱き寄せた。
力を込めようにも腕に力が入らない。
背中に回された心夜の腕に力がこもる。
耳元で囁かれる熱っぽい偽りに目が眩みそうになる。
「ねぇ、愛してるよ・・・愛してる、愛してる・・・」
どうやったら、心夜は私のものになってくれますか?
どうやったら、心夜は私を愛してくれますか?
どうやったら・・・
愛してるって形付く心夜の唇。
本当に愛してるの?
だったらどうして私から離れていこうとするの?
どうしてずっと一緒にいてくれないの?
この世界は脆くて儚い。
此処じゃなきゃ駄目だった。
此処じゃなきゃ駄目だったんだよ。
外を一切遮断したこの狭い部屋じゃなきゃ駄目だった。
雨戸を閉めて、板を打って、ガムテープで塞いで、カーテンを閉めて。
そこまでしなきゃ確立できない恋だったの。
ずっと一緒にいたかった。
夢でも良い、非現実的でも良い、犯罪でも良い。
私はこの暗い箱庭に、心夜と二人で繋がれてたかった。
心夜だけを見て、心夜だけを感じる毎日で良かった。
「愛してるッ・・・愛してる愛してる愛してる愛してる・・・ッ!」
私が無理矢理作り出したこの籠で。
私の無理矢理の愛で心夜を縛り付けていたかった。
そうすれば、いつかは心夜が私を愛してくれるんじゃないかって思った。
だけど、偽りの籠で生まれたもの。
それは偽りの愛でしかなくて。
偽りの世界でしか存在できない偽りの愛。
ねぇ、この籠が壊れたら、魔法は解けちゃうよ。
愛してるって。
愛してるって毎日言ったら、心夜も私を愛してくれないかな。
そうやって造り出した偽りに、耐えられなくなったのは私の方なのに。
「ッ・・ぁ・・愛してる、愛してる・・・愛してる愛してる・・・ッ!!」
こんなにも愛してるのに。
こんなにも愛しいのに。
どうして心夜は私を愛してくれないのかな?
一瞬でも、心夜は籠に繋がれるフリをしてくれた。
それだけじゃ満足できない私が悪いのかな。
もう、どうしようもないのかな。
それでも諦められない私は、ねぇ、どうしたら良い?
壊したくない。
必死に作り上げたこの空間を、この籠を、壊したくないの。
まだ一緒にいたい。
離れたくないよ。
「愛してる、愛してる愛してる愛してる愛してる・・・」
泣き叫ぶ私をきつく抱きしめてくれる心夜の腕。
それだって、この空間の中でしか存在しないおままごと。
愛して欲しい、愛して欲しい、愛して欲しいだけなのに。
足元に転がったお気に入りのカップの破片。
心夜の肩越しに、そっとそれに手を伸ばした。
破片に残るのは、私の大好きなココアの匂い。
それを手に取って光に透かそうと天井を仰ぐ。
だけどこの部屋には光なんて無くて。
破片に映るのは、濁ったこの部屋の空気だけ。
唯、涙を流すことしか出来ない。
自分の腕がどれだけ頼りないか、私は知ってる。
繋ぎとめておくことすら、私には出来ないから。
繋ぎとめておくことすら・・・
「ぁ・・・・・・?」
「心夜・・・愛してるよ・・・・」
大切だった。
世界で一番大切で、世界で一番愛してた。
例え愛されなくても、私は愛してた。
愛してたよ。
「・・・・・・・」
雨戸を閉めて、板を打って、ガムテープで塞いで、カーテンを閉じた。
幸せで、心蔵が押しつぶされそうだった。
愛しい貴方を手に入れられるんじゃないかって錯覚した。
所詮は手作りで不恰好な唯の籠だったのにね。
普通じゃない、って皆は笑うかもしれない。
普通じゃない、って皆は怒るかもしれない。
普通じゃない、って皆は気持ち悪がるかもしれない。
こんなの愛じゃないって、そう言うのかもしれない。
こんなの間違ってるって、そう詰られるかもしれない。
それでも、確かに私にとっては愛だった。
誰が何と言おうと、私にとっては愛だった。
こうしなきゃ、護れなかったの。
私の弱っちい腕じゃ、たった一つの恋だって護れない。
私の軟弱な腕じゃね、大切な愛一つ繋ぎとめていれなかった。
偽りだって解ってても、作り物だって解ってても。
それでも私は幸せだった。
私は確かに心夜を愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
いくら愛しても、貴方は私のものにはならないけど。
いくら愛しても、貴方は私を愛してはくれないけど。
それでも愛してるよ。
「なぁ、・・・これで・・・満足な、ん・・・?」
「し、んや・・・愛してる、よ・・・」
「・・・僕も・・愛してる・・・」
「・・・ぅ、そ・・・」
偽りの中で育んだ愛情。
偽りの中では全ての偽りが全ての真実。
「これでも・・・信じて・・もらえへん、の・・?」
「愛してる」
砕けたお気に入りのカップ。
破片から香るのは大好きなココアと・・・
BE HAPPY・・・?
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
何で心夜で書いたんだろうって、自分でも不思議です(笑)
最後、どっちがどっちをどうしたのかは敢えて書きませんでした。
最後の台詞も含め、お好きなように解釈して下さいませ。
少しでもお気に召しましたら感想くださると嬉しいです。
20040814 未邑拝
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