甘くて腐った赤い味。
確かに愛した愛しい君。
アナタの
肉
片
その日は酷く晴れとった。
雲一つない綺麗な空と小鳥の鳴き声。
真っ白なカーテンはまるでいつか読んだ小説の一節みたいで。
俺とが沈むベッドはまるで棺。
流れる時間は果てしなく穏かで静か。
少し開いた窓からはカーテンを揺らす風。
四角い部屋は棺を収めるための墓。
「なぁ、?」
「んー?」
「人間の肉、食ったことある?」
俺は真っ白なシーツに包まったにそう尋ねた。
俺の首元で柔らかくて茶色い髪が揺れる。
「京は、食べたことあるの?」
外の光は柔らかくて軽い眩暈を誘う。
自分が生きてるのか死んでるのかよく解らないような感覚。
が傍に居ればどっちでもえぇと思う自分。
もきっとそうやと思う変な確信。
「あるで」
途端にが俺を不思議そうに見つめる。
茶色の濃い大きな目。
クルっと上を向いた長い睫が何度も動く。
「食いたい?」
「食べさせてくれるの?」
「が食いたいなら」
「・・・食べたい・・・」
なら絶対そういうと思った。
が知らへんの部分。
俺は枕もとのテーブルに手を伸ばした。
ひんやりと冷たい感触。
俺はそれを手にとって一粒、の口に押し当てた。
爛れそうな赤。
軽く目を閉じたの口から見え隠れする舌。
酷く官能的。
「・・・何コレ・・・」
「ちゃんと食えや」
「ん・・・」
の舌先で踊っとったソレを指で押し込む。
舌の奥の方を指で何度も何度もなぞっては吐き気を促す。
それとは間逆に飲み込まれていく赤いソレ。
甘く苦い人間の味。
「これ・・・」
「人間の肉。美味かった?」
「・・・ザクロ・・・?」
俺の手の中にあるもの。
真っ赤な人間の肉・・・ザクロ。
緑がかった茶色の分厚い皮をパックリ開いて覗かせる体内。
幾重にも並んで重ねられた粒は人間の肉片。
血の止まった傷口から見える並んだ細胞。
それはまるで・・・
「綺麗ね・・・凄く綺麗」
は傷口に指を差し込み、実にゆっくり指を這わせた。
の細くて白い指が傷口を抉ってく。
体内は相変わらず渇いたまま、その口を開いとった。
「どうしてこれが人間の味なの?」
「さぁ?人間の肉食った奴が同じ味やと思ったんやない?」
「ふーん・・・人間ってみんなこんな味がするのかなぁ?」
「人間なんてどいつもこいつも一緒やろ」
この世界の汚いもん全てで出来とって。
柔らかくて甘いふりしとって硬くて苦い。
口の中で弾けて喉にへばりつく感じ。
は思いついたようにザクロの実を一粒千切った。
淡い光に透けては更に深みを増す。
はそれをそっと俺の口の中に入れた。
俺は奥歯でそれを噛み潰した。
じわっと流れ出す赤い味。
鉄の味にも似た肉の味。
「ねぇ、私の味がする?」
「さぁ?食ったことあらへんから解らんわ」
「・・・昨日も食べたくせに」
「それは犯して下さいって言いよるんか?」
俺はの顎を持ち上げてそのまま深く口付けた。
せやけど昨日の熱が蘇るわけでもなくて。
求めるわけでもあらへん口付け。
ただ、の口内の肉という肉を舐め尽くした。
「っはぁ・・・味・・解った・・?」
「・・・全然」
「じゃあ・・・確かめてみる?」
「・・・どうやって?」
自分の口内に指突っ込んで掻き回す姿はえらく妖艶。
抜き出した指からは銀色の唾液が口許へと蜜を垂らす。
こんな、見たことあらへん。
「私、食べて良いよ」
唾液に濡れた指が俺の唇に押し当てられる。
呼び覚まされるのは酷く血に飢えた感覚。
俺は甘噛みするようにの指を咥えた。
「知りたいんでしょ?人間の味」
「・・・別に・・・知りたない」
「嘘」
「何が嘘やねん」
「さぁ?」
は俺から目を離して、ザクロを指で煽った。
細い指が真っ赤な実を摘んでいく。
は実を千切っては自分の身体に降らせた。
真っ白なシーツを色付かせる真っ赤な実。
それは、今まで見た何よりも綺麗で。
「私、京にだったら食べられても良いよ」
「・・・そんなこと言うなや・・・」
「どうして?」
「食いたくなるやん」
湧き上がる何とも言えへん衝動。
の白くて柔らかい肌に歯を立てる。
想像しただけで眩暈がする。
喉が、疼く。
「食べて良いよ」
「・・・」
「その代わり・・・絶対綺麗に食べてね」
「シチューにしてもえぇ?」
「骨までちゃんと食べてくれるなら」
「肉も骨も、溶けるまで煮込んだる」
「血も、捨てないでね」
「最後の一滴まで綺麗に舐めたるから」
この家で一番大きな鍋にを詰め込む。
小さな身体をさらに小さくして。
全部がトロトロになるまで三日三晩グツグツ煮込む。
その色形、匂い、超越した愛の形。
どれだけ手を伸ばしても、完全に手に入れることは出来ひん人。
どれだけ抱いても、身体が溶け合うことはあらへんくて。
二つの身体を歪な枷で無理矢理一つに繋いで。
それでも時間が絶てばバラバラになってまう身体。
それがいつもいつも虚しくて。
あんなに熱いんに、なして溶けへんのか不思議で堪らんかった。
このまんまグチャグチャに混ざってしまえたらえぇのにって。
いっつも心のどっかでを欲しがっとった。
「私が京の中に入ったらさ・・・大切にしてくれる?」
「どういう意味?」
「京の血は私なんだよ?京の細胞は私なんだよ?」
「せやなぁ・・・?」
「京があんまり血を流したらさ、私、京の中にも居らんなくなるよ」
「・・・」
「京が自分傷つける度にね、私は死んじゃうよ?」
「・・・うん」
「ねぇ、大切に・・・してくれる?」
「自分を大切にってのはよう解らへんけど・・・は・・大切にする」
「約束、ね?」
「・・・ん」
の言いたいことがよう解りすぎて。
いつも自分を守るような言い方をして俺を守ってくれる。
それは俺に恩着せへんため。
ありがとうさえ言わせてくれへん言い方。
胸が、熱い。
「京、私のこと、ちゃんと好き?」
「愛しとる」
「私もだよ。私も、愛してるよ」
「そんなん知っとるわ」
「愛してるよ」
「俺も」
最期の別れみたいな言い方すんなや。
せやのにの顔はえらい穏かで。
今、俺もそんな顔してんのかな?
の白い肌に歯を食い込ませる。
溢れ出す蜜に、香りに、味に、酔いしれる。
史上最高の愛の行為。
甲高い悲鳴は今まで聞いたどんな嬌声より綺麗や。
極限まで張り詰めたピアノ線みたいな声。
涙を流しながら息を詰まらせる顔に欲情する。
目が合った瞬間、は優しく微笑んだ。
キスされんのが好きやった首筋に歯を立てる。
人間って思っとったよりずっとチャチな造りになっとって。
薄い肉ごと噛み千切ったら、ザクロ色の血が吹き出してきた。
心臓に合わせて動脈がピクピクしよる。
俺は溢れ出てくる血を必死で飲んだ。
だって、血一滴も残さんって約束したやん?
綺麗な太腿に噛み付いた。
出てくる血を啜りながら柔らかいトコだけを食った。
皮を引き裂いて、生暖かい肉に顔を埋める。
柔らかい脂肪を口いっぱいに含んでは飲み下す。
そのあと出てくるのはしなやかな筋肉と筋。
骨にくっついた筋肉は前歯で挟んで綺麗に剥がす。
硬いねんけど奥歯で何度も何度も噛む。
喉が渇いたら流れ出す血を飲んだ。
「・・・おいし・・・」
可愛いネイルの塗られた足の指を噛み砕いた。
細くて小さいからな、綺麗に口に入んねん。
でもやっぱ骨が硬くて敵わんわ。
指の付け根を何度も噛んでグチャグチャで柔らかくする。
そして指を口に含んだまま前歯で押さえてそのまま引き抜く。
ズルッっと音をたてて骨から抜け落ちる肉。
爪が喉に刺さりそうになったって言うたら、は笑うやろか。
「ザクロなんかな、比べもんにならんわ」
綺麗な形をした右胸を食った。
最初に乳首だけ噛み千切って、口の中で噛み遊んだ。
昔食ったことある食感なんやけど・・・何やろ、思い出せへんわ。
歯応えのある、肉やあらへんけどなんかもっと硬いもん。
よう噛めへんから、そのまま飲み込んだ。
乳首が取れた穴から指を突っ込んで、そのまま掻き回す。
ピチャピチャと淫猥な音が響く。
俺は箱の中からくじでも引くかのように、肉片を指で引き出した。
意外にドロドロしとって長くて、うまそうやった。
そこは胸ん中に血が溜まっとるから、喉は渇かへんかった。
「めっちゃ美味いねんな・・・」
真っ赤に染まった眼球でを見た。
なぁ、ずっと欲しかったもんあんねんけど、貰ってもえぇ?
痛ないと思うから、片方だけでも今貰ってえぇかな?
本当はシチューにしたときの隠し味にしようと思ってんけどな。
あんまり綺麗やから、どうしても食いたいねん。
俺は殆ど動かへんようなったの目に、そっと指を差し込んだ。
グチュっと音を立てて俺の指がめり込んでく。
俺は半ば無理矢理、の眼球を取り出した。
「ずっと欲しかってん、コレ」
俺は神経が繋がったままの眼球を口に含んだ。
ねっとりとした粘膜を舌で丁寧に剥がす。
傷つけへんように、丹念に舌で舐め上げた。
の目が、俺だけしか見えへんようになればえぇって思っとった。
俺以外のもん、全部見えへんようになればえぇなって。
その綺麗な目に映るんが俺一人やったらえぇのにって。
なぁ、これで他のもんは見えへんな。
ちょっとした俺の我が儘。
それからの身体のあらゆる場所に歯を立てた。
の肉片を貪って、貪って、貪った。
腸だって少しずつ上のほうから食ったし、肝臓だって食った。
肺も、胃も、膵臓も全部食った。
もちろん、心臓も。
「・・・甘・・・」
飲み込んだ分だけ、は俺の中に入ってきとるんやろか。
今、俺の目から溢れる涙、これもなんやろか。
大切にしろって怒られるんかな。
せやけどしゃあないやん、勝手に出てきて、止まらへんねん。
この家で一番大きな鍋を用意して。
穴だらけのを小さく折りたたんで詰め込む。
水の代わりにいっぱいの血液を溜めて。
三日三晩グツグツ煮込む。
肉片も骨も髪も全部煮込む。
シチューがトロトロになるころには
もう一度
は笑ってくれるやろうか?
それは酷く晴れた日の話。
カーテンを開ければ雲一つない空が広がっとって。
真っ白なカーテンはいつか読んだ小説の一節みたいで。
雨が降る事もなくて。
棺みたいなベッドは真っ赤で真っ赤。
それは墓みたいなこの部屋によう似合っとった。
その部屋には一つのザクロが転がっとって。
穴が開いて真っ赤で真っ赤で真っ赤。
渇いた味は喉の奥に広がって、飲み下すことすら許さへん。
せやから真っ赤なスープで流し込む。
血みたいに真っ赤で真っ赤で真っ赤なスープ。
ドロドロのそれは確かにザクロと同じ味がした。
甘くて腐った赤い味。
確かに愛した愛しい君。
「・・・・・・・」
それは酷く晴れた日の話。
BE HAPPY・・・?
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危険ですので、良い子も悪い子も変な子も真似しないで下さい(土下座)
どうしてこうも危険思想なんだ、自分!って感じです・・・。
えっと・・・京くんはお腹が減ってた、という事で。
駄目ですか、そーですよね、はい、ごめんなさい;
20040620 未邑拝
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