見守るから。
      此処から、君を。























      アクロの丘






















      細く細く、長い道。
      

      都会の喧騒を抜け、静かな小道。
      地平線さえ見えそうで、見えるわけもあらへん。
      

      夏草の広がる丘は、微かな夏の匂い。
      緑は太陽に反射して青く輝く。
      そう強くない太陽光に夏は通り過ぎきれずにおる。


      どこからか始まって、どこまでも続く道。
      そこを、は真っ白な服を着て歩く。


      小高い丘は、途中でもあり、始まりでもあり、終わりでもある。
      そこから見渡せる景色はただの草原でしかなくて。
      一番、空に近い場所のように思える。


      「・・・ねぇ、京?」


      が小さく呟く。
      その声に、俺の返事は、ない。


      の白い肌に、通り過ぎる雲が影を落とす。
      流れる空に、返事を乗せることも叶わへん。
      きっと、流れる時間に邪魔されるから。


      俺達の間に流れるのは、静寂。
      唯、風が鳴くのだけを待っとる。
      何があるわけでもなく、草原だけが広がる。


      「・・・京ってば・・・」


      に差し伸べた手が空気を掴む。
      俺はそれが恐くて、手を引いてしまう。
      はその事実を知ることないまんま、下を向いた。
      

      いつからか、俺達はこの丘におる。
      約束したわけでもないのに。
      でも遠い約束のような気もする。


      声が届かへんのを寂しく思う。
      でも、それでもえぇ気がする。
      俺はいつまでを束縛出来るんやろか。


      「京・・・どこにいるの?」


      傍におりたいと思う。
      そうはゆっても、傍におるってのがどーゆーことか解れへん。
      傍ってのは、どこまでが傍ってゆーんやろか。


      会えへん日が続いても。
      それでも心が通じとるなら、傍におることになる?
      好き合っとぉなら傍におることになるんか?
      

      それとも四六時中一緒におることをゆうんやろか。
      声が、吐息が届く距離のこと?
      いっつも視界の中におるなら、傍におることになるんか?


      傍におるってどーゆーこと?
      定義があるんなら誰が教えて。
      もし、それが幸せの定義に繋がるならなおさら。


      「ねぇ・・・どこぉ?」


      が草の広がる地面に膝をつく。
      小高い丘の上、白いワンピースが風に揺れる。


      お前はどこ見とんの?
      お前は誰を見とんの?
      誰を探しよんの?


      綺麗な長い指に、艶やかな爪。
      はそれを地面に突き立てる。


      白いワンピースが汚れるのも構わずに。
      は草の広がる地面を、その綺麗な手で抉りだした。


      草は抜けて、茶色い土が出てくる。
      はそれをひたすらに掘りだした。
      抉れた地面からは、止めどなく茶色が溢れ出す。


      「京・・・きょぉ・・・」


      いつだったか、この丘に来たことがあった。
      喪服の列に、重苦しい涙。
      棺に入れる為の花が異常に芳しかった、あの日。


      あの日は、確かこんな晴れた空で。
      雲の流れがいつもよりゆっくりに感じた。
      手を伸ばせば届きそうで、もう少しだけ近くに行きたくて。
      きっとそれに触れれば、楽になれそうで。
      よー解れへんけど、妙に息苦しくて。
      何でもえぇから、それから逃げたかった。
      やから俺はこの丘に来たんやった。


      雲を掴んだんかは覚えてへん。
      楽になったんかも、実際よー解らん。
      どんくらい苦しかったんかも、正直覚えてへん。
      唯、なんとなく涙が出た。


      そう、あの日から俺はずっとこの丘におる。
      あの日見た葬列は、唯々黒く、長かった。
      芳しく香る真っ白な花にまみれた棺の中。
      そこに横たわったのは、確か俺やった気がする。


      「きょぉ・・・返事してよ・・・」


      は、丘の地面を掘り返し続けた。
      間違いなく、俺を探して。


      いくら手を伸ばしても届かへん。
      指の先まで力を入れて、爪の先まで神経を尖らせて。
      痛くなるくらい、必死に手を伸ばした。
      なのに、これっぽっちも届きそうにない。


      太陽は東から西へ。
      雲は西から東へ。
      風は全てを包んで流れていくのに。
      なのに俺はこっから1ミリも動けへん。


      「お願い・・・隠れてないで出てきてよ・・・」


      
      ・・・。


      叫んで届くなら、もうとっくの昔に響いとる。
      喉が裂けて血が出ても、叫び続ける。
      声帯なんかとうの昔に千切れ果てた。
      それでも俺は、この名前を呼んどるのに。


      何にも乗っからずに、世界を滑り落ちてく言葉。
      滑り落ちる過程でに届くなんて、都合のえぇ話。
      どれだけ叫んでも、喚いても、俺の声はには届かへん。
      消えることなく、俺の周りに飛び散る声。
      それを抱きかかえるだけで精一杯。


      「京ってば・・・返事くらいしてよ・・・っ」


      の白い手は、いつの間にか泥にまみれとった。
      艶やかに整えられた爪はボロボロに割れて、剥げとった。
      細い爪の間にはこれでもかってくらい泥が詰め込まれ。
      それでもなお、は地面を掘り続けた。


      伸ばしてもには届かへん手。
      が手を伸ばしてくれれば、触れ合えるのに。
      俺だけが一生懸命伸ばしても、掠りもせぇへん。
      の距離が足りひん。


      叫んでも届かへん俺の声。
      が耳を澄ましてくれれば、届きそうなのに。
      俺がいくら叫んでも、すぐに掻き消される。
      の距離だけが、足りひん。


      「・・・意地悪しないでよ・・・」


      の指の先が赤黒く染まる。
      爪が剥げて、その場所が石で傷ついたんかもしらん。
      

      なのには地面を掘り返し続けた。
      もう止めればえぇのに。
      血ぃまで流して俺を探さんといて。


      俺はそんなとこにはおらへんよ。
      そんなとこ掘ったって何も出てきぃひん。
      の血が流れるだけやんか。


      頼むから、もう止めろや・・・。


      「きょぉ・・・っ」


      傍におるって、きっとこんなことやない。
      全然こんなんやない。


      傍におるって、多分、お互いに触れ合える距離のこと。
      手を伸ばせば手を伸ばし返してくれる距離。
      指先くらいでもえぇ、触れ合える距離。


      それは物理的な問題やなくて。
      もっともっと深い、全ての感情が届かへん部分。
      

      どんだけ離れとっても、手を伸ばせば指先に触れてくれる。
      姿が見えへんでも、声が聞こえへんでも。
      それでも気持ちが触れ合える距離のこと。


      一方的な距離は空回り。
      独りよがりの虚しさも、あんたやったら解るはず。
      

      「京ってば・・・っ!」


      頼むから俺んこと見て。
      今の俺を、認めて。
      

      俺がどんだけ手ぇ伸ばしても、が伸ばしてくれんかったら意味がない。
      俺がどんだけ叫んでも、が聞いてくれんとなんの意味もあらへんねん。
      独りじゃ何も出来ひん。
      がおらんと何も変われへんよ。


      傍におるから。
      俺がいっちゃん傍におるから。
      せやからも、俺の傍におって。


      「京・・・」


      風が吹く。
      短い草が風に揺れて音を鳴らす。
      その音に反応した太陽が少しだけ光を強める。
      雲は知らん顔で空を流れてった。


      の白いワンピースには泥と血が付いとった。
      茶色と赤は白を鮮やかに染めはせぇへん。
      

      「・・・京・・・」


      は土の中から小さな塊を掘り出した。
      それはの頭部と同じくらいの大きさで。
      土がこびリ付いたそれは、えらく歪に見えた。


      「・・・こんなとこに、いたんだね・・・」


   
      はその塊を抱きしめると、涙を流した。
      落ちた涙は胸の塊についた土に吸収されてく。
      濃く変色していく土は、血の匂いがした。


      


      ・・・。


      俺を見て。
      傍におって。
      

      「京・・・やっと見つけた・・・」


      は身を屈め、その塊に口付けた。
      涙を流しながら、何度も、何度も。


      どうやっても俺との距離が縮まることはなくて。
      伸ばした手は、やっぱりの距離だけ足りひんくて。
      俺の声が届くことなくて、の答えが返ってくることもなくて。


      愛しとるのに。
      こんなに、こんなに愛し合っとぉはずなんに。
      なして俺等の視線が交わることはあらへんのやろ。
      なして俺等の想いが重なることはあらへんのやろ。
      なしては俺を見てくれへんのやろ。
      俺は此処におるのに。


      それでも愛しくて。
      懲りずに手を伸ばし続ける俺は救いようがない。
      いつか、いつかが手を伸ばしてくれるかもしらん。
      いつか、俺の声を聞いてくれるかもしらん。
      愛しくて、此処から動けずにいる。


      「・・・京・・・」


      見守るから。
      此処から、君を。


      いつか俺に気付いてくれる日まで。
      いつか、いつか手を伸ばしてくれる日まで。
      いつか、俺の声を聞いてくれるその日まで。


      それまで俺は手を伸ばし続けるから。
      叫び続けるから。
      傍に、おるから。


      『   』


      風が吹く。
      空が少しだけ動く。


      の涙が、胸の塊の土を少しずつ剥がしてく。
      愛しそうにそれを撫でるを、遠くから見てる。
      風は土埃を流し、小高い丘の上を走らせる。
      空を見上げれば、今日は晴天。


      傍におるよ。
      が俺に気付いてくれる、その日まで。
      

      塊を抱いた
      そんなですら愛しく思う。
      地中から掘り出した唯の石を抱きしめる、そんなあんたでも。























      BE HAPPY・・・?

      ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
  
      突発的に思いついたこのお話。
      結構在り来たりなんで、ネタ被ってたら申し訳ないっす(;´Д⊂)
      彼女が掘り出したものを何にしようか、ものっそ悩みました。
      結果、私の捻くれ性格発揮(笑)

      お気に召しましたら、感想くださると嬉しいです★


      
      20050821   未邑拝
      
            
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送