神の導きにも似た赤い糸。
      無駄だと解ってても信じてみたくなる。





















       赤い糸

























      何かに追いかけられる夢を見る。
      それは黒くて長い、影のようなもの。


      俺はそれに捕まらないように必死に逃げる。
      逃げて、逃げて、逃げて。
      どんだけ走っても逃げ切れない。
      それは足元にぴったりくっついて、俺が堕ちてくるのを待ってる。


      俺は必死に逃げる。
      息が切れて足がもつれても走る。
      でもそれはしつこく追ってくる。


      そして、恐くて振り返った瞬間。
      膨張した闇に、飲み込まれた。





















      「っは・・・ッ!」


      飛び起きた俺の目に飛び込んできた白い天井。
      夢が夢だったことを知る。


      びっしょりと汗をかいてて。
      髪が顔に張りつく不快感。
      目元が妙に熱くて。
      涙を流してたことに気付いた。


      「っはぁ、はぁ・・・」


      夢はいつも不必要なまでにリアルで。
      夢と現実の境目が薄くなる。
      闇に呑まれた先がこの部屋なんじゃないかと思う。


      夢だって判ってる。
      夢だって判ってるのに恐い。
      

      「だいじょーぶ?」


      俯いた俺の顔を覗き込む。
      それは隣で寝てたはずの心夜。
      

      淡いオレンジ色の光のなかで、金色の髪が揺れる。
      俺の視界に心夜が広がる。


      「・・・っはぁー・・・」


      大きく深呼吸をする。
      心臓が忙しなく動く。


      「なぁ、大丈夫?」


      心夜が俺の額にかかった髪をかき上げる。
      ひんやりとした指が肌に触れて気持ちいい。
      

      「嫌な夢でも見たん?」


      心夜を起こすほどうなされてたんだろうか。
      あの感覚が戻ってくるようで、背筋がゾクッとする。


      「薫くんが・・・」


      「薫くん?」


      「薫くんがね、明日までに10曲作って来いって・・・」


      「そらごくろーな夢やな。」


      心夜が呆れたように笑った。
      ふと見せる横顔がとても綺麗に思えた。


      「起こしちゃった?ごめんね。」


      「や、起きとった。」


      「眠れなかった?」


      「・・・敏弥見よった。」


      「・・・俺?なんで?」


      「うなされとるなぁーって。」


      心夜が寝ずに人の寝顔見るなんて珍しい。
      よっぽど眠れなくて暇だったのかな。 
      それともよっぽど俺が煩かったのかな。


      「起こしてくれりゃーよかったのに!」


      「や、よー寝とったから。」


      よー寝てたんじゃなくて、うなされてたんだと思います。
      これは心夜なりの心遣いなのか、嫌がらせなのか。

 
      起こしてくれればよかったのに。
      そしたら、あんな夢、最後まで見なくてすんだのに。


      この夢は、決まって疲れた日の深夜に見る。
      何の意味があるのかはわかんない。
      けど、いつも恐くて目が覚める。


      「悪い夢はな、見らなあかんって。」


      「・・・なんで?」


      「・・・安心するやん。」


      「悪い夢見て安心しねぇーよ。」


      心夜が少し不機嫌そうな顔をした。
      俺の言い方が強かった所為。


      「・・・夢、醒めたとき。」


      あぁ、言いたいことが解った。
      悪夢から醒めたとき、安心する、ってこと。
      言葉が足りないと、こーゆーときに困る。


      「ぁー・・・安心するかも。」

  
      「夢でよかったって・・・思うために見らなあかんねん。」


      心夜が自分の前髪を弄りながら話す。
      綺麗な顔とは裏腹に低い声。
      寝起きの俺に浸透する、心地いい声。


      「・・・何が不安なん?」


      「・・・え?」


      「・・・不安なこと、あるんやろ?」


      「・・・」


      「・・・別にゆわんでもえぇけど。」

   
      心夜がそっけなくそう言った。
      言いたくないわけじゃない。
      でも、自分の弱さを曝け出すみたいで、言えない。


      ときどき見るこの夢。
      黒い影に追い掛けられる夢。
      ほんとはわかってる。


      「敏弥は・・・逃げたいん?」


      弱い俺を抉りださないで。
      責められてる気分になる。


      「逃げたいなら・・・逃げればえぇやん。」


      突き放された気分になる。
      逃げるなって言ってほしい。
      そう言われたら、逃げらんないのに。


      逃げ道を塞いでほしい。
      逃げらんない現実しか見えないように。


      「・・・なにそれ。」


      「・・・」


      「俺はいらない、ってこと?」


      恐いんだ。
      漠然とした不安が恐い。


      逃げても逃げても追ってくる闇。
      飲まれてしまえば楽なのかもしれない。
      だけど、俺は必死になって逃げてる。


      「そんなんゆーてへんやん。」


      ほんとは分かってる。
      俺を追い掛けてくる影は、自分自身だ。


      難題を課してくる自分。
      それから逃げたがってる自分。
      それを制する自分。
      俺が恐いのは、俺自身。


      いつかいらないって言われるかもしれない。
      いつか邪魔だって排除されるかもしれない。
      だったら最初から捨てればいい。
      でも捨てられるわけがない。


      逃げたい。
      逃げられない。


      「敏弥がなんに追い詰められとぉかとか・・・」


      汗が流れる。
      わけのわからない不安。


      「何が恐いんかとか、よーわかれへんけど・・・」


      放り出さないで。
      俺が必要だって言って。


      「敏弥は・・・僕んとこ、戻ってくんねやろ?」


      「・・・」


      「必要・・・なんやろ?」


      「・・・うん・・・」


      「せやったら、今は別に・・・逃げてもえぇやん。」


      「・・・うん。」

   
      俺の方を向かない心夜を横から抱きしめる。
      細くてガリガリで骨っぽい身体。
      だけどこの身体が一番しっくり俺の腕になじむ。


      「ちょ・・・あつくるしい。」


      俺の身体を押し退けようとうする心夜。
      その身体をきつく腕の中にしまい込む。
      離したくない。


      「・・・はぁー・・・」


      「心夜・・・ごめん。」


      「・・・なんが?」


      「・・・いろいろ。」


      「・・・敏弥がヘタレなんは知っとぉし。」


      「ひでー!」


      心夜が、俺が居なきゃ何にも出来ない奴だったら良かったのに。
      そうだったら俺は必要とされるだろ?
      心夜は俺から離れらんなくなるのに。


      心夜をもっと駄目な奴にしちゃいたい。
      でも、そんなこと出来るはずもない。
      自分の足で立てる、強い人だから。


      「酷いのはどっちやねん。」


      腕の中で暴れてた心夜が大人しくなる。
      小さな呟きが、静かな部屋に響いた。


      「酷いのは敏弥やろ・・・。」


      「はぁ?」


      「敏弥は酷い。」


      「・・・なんでだよ。」


      「・・・。」


      「・・・心夜?」


      押し黙った心夜に少し苛々する。
      いつものことなのに。


      「・・・っ」


      顎を持ち上げ、無理矢理に口付ける。
      目を開いて、驚いた心夜と視線を交わしたまま。
      長く、短い口付け。


      このまんま、心夜をめちゃくちゃにしちゃいたい。
      別にそれが出来ないわけじゃない。
      でも俺には出来ないのかもしれない。


      壊れた心夜を直して、俺だけしか見えなくしたい。
      俺の為に生きて、俺の為だけに笑うんだ。
      俺がいなきゃ生きてくことすらできない螺子巻き人形。
      そうなった心夜はきっと綺麗。


      でも、きっと俺は後悔する。
      後悔して、心夜を抱きしめらんない。
     
 
      だって俺は心夜が好きだから。
      『心夜』を、愛してるから。



      「・・・これ・・・」


      「・・・アホ敏弥。」


      「・・・これ・・・心夜?」


      「・・・アホ。」


      淡いオレンジ色の光の中。
      金色の髪が心夜の顔を隠した。


      俺は、思ったより愛されてるのかもしれない。
      必要と、されてるのかもしれない。
      たった、これだけのことだけど。


      「・・・赤い糸?」

 
      俺の左手の小指からのびた細い糸。
      それは心夜の右手の小指に繋がってる。
      きつく、きつく結んである。


      「敏弥がおらんくなったら・・・困る。」


      「・・・。」


      「僕は、敏弥のもんやろ?」


      「・・・うん。」


      「敏弥がおらんくなったら、僕も此処にはおれん。」


      涙が、溢れそうになる。
      俺はこの人に、こんなにも必要とされてた。
      痛いくらいに、信号を送ってくれてたのに。


      「敏弥は酷い。」


      「・・・うん。」


      「自分ばっか求めとぉ気になって、僕んことは見てへん。」


      「・・・うん。」


      「僕の気持ちとか、見ようとしてくれへんねんな。」


      「・・・ごめん。」


      「僕かて、敏弥が欲しいのに・・・。」


      細い肩をベッドに押し付け、口付ける。
      目を閉じて脳内で心夜の顔を見た。


      舌を捻じ込んで、逃げる心夜のそれを追いかける。
      執拗に絡めて、吸い上げて、愛撫して。
      息が漏れる唇から唾液を送り込んでやる。


      心夜が俺の下でもがくたび、赤い糸が絡まってく。
      ぐちゃぐちゃに捩れて、縺れて。
      その分短くなってく俺達の距離。


      「っ、は・・・苦し・・・ッ」


      追いかけてくる自分が恐かった。
      いつか自分自身に押し潰されそうだったから。
      もう少しだけ、自分が強ければ良いのにと思ってた。


      でも、強さはいらない。
      心夜がいてくれたら、それだけで良いよ。
      それだけで俺は生きていけるんだと思う。


      「心夜・・・好き、大好き。」


      「・・・アホ。」


      「愛してるよ。」


      「・・・。」


      俺には心夜が必要。
      だから心夜にも俺が必要なんだと思う。


      「心夜も俺のこと愛してるでしょ?」


      「・・・知らん。」


      「嘘吐き。」


      神の導きにも似た赤い糸。
      無駄だと解ってても信じてみたくなる。
      心夜が繋いでくれた、好きの証なんだから。


      「・・・恐い夢・・・」


      「あぁ、もう忘れちゃった。」


      「・・・そ。」


      「夢で良かった。」


      「・・・そっか。」


      心夜を抱きしめてサイドのライトを消す。
      腕の中の温度は、俺と同じ温度。
      

      目を閉じても、何故か闇が襲ってこない。
      ライトを消した暗闇に紛れてるからかもしれない。
      腕の中の吐息が、やけに心地良く感じた。
























      Lies Or Trueth・・・?


      ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

      焦らしに焦らしたのにこんなヘタレ話でごめんなさい(;´Д⊂)
      敏心がね、好きなんですよ、本当に!!<だから何
      ・・・出直してきます。


      20051122  未邑拝


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